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16歳を前に平松楽斎の塾を退塾した武四郎は、突然家を出て、行方をくらましてしまいます。
家出同然に江戸まで一人旅をしましたが、江戸にいる親戚を頼ったところで、実家から金蔵という使いが送られてきて、武四郎は連れ戻されることになりました。
しかし、旅をすることの楽しさを覚えた武四郎は、旅がしたくて仕方ありません。
17歳になった武四郎は、とうとう日本全国をめぐる旅に出たのでした。
天保4年(1833年)2月、突然家を飛び出した武四郎。
その背景には、どうやら武四郎が、平松楽斎のもとで学問に励むかたわら、家族には内緒で書物や骨董品を買い込み、その支払いに困って、家にあったものなどをこっそり売り払ってしまったことも原因にあったようで、その様子は、残された手紙から推測することができます。
幼なじみの少年に宛てたとされるこの手紙は、家を出た直後に書かれたものです。この先私は江戸、京都、大阪、長崎、唐(中国)、天竺(インド)へも行くかも知れません、という内容が記されていました。この手紙を読んだ家族や親戚はとても驚いたことでしょう。