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いろいろな埴輪

ページID:0111589 更新日:2012年2月21日更新 印刷ページ表示

宝塚古墳から出土したさまざまな埴輪

 宝塚1号墳の発掘調査では、造り出しのまわりから140点もの埴輪が、当時置かれたままの位置でみつかりました。古墳で行なわれた「まつり」の様子を研究する上で大変貴重な資料として、平成18年に国の重要文化財に指定されました。現在、その一部を「はにわ館」で展示しています。

船形埴輪写真
船形(ふねがた)埴輪
 船の形をした埴輪です。専用の台にのせられた船の全長は約140cmとわが国最大の規模をほこります。細かい部分までていねいに作られているので、当時の船の姿がよくわかります。船上に立てられた刀・2本の杖(つえ)・日傘などの立体としての飾りは、他に例のない、わが国唯一のものです。この船は、古墳に葬られた人物の生前の業績をあらわす物という考えと、死者の魂をあの世に運ぶ「葬送船(そうそうせん)」という説があります。

円筒埴輪写真
円筒(えんとう)埴輪
 もともとは、丸底の壷(つぼ)を置くための台(器台)が変化したものといわれています。古墳のまわりや斜面の途中に設けられた段で、ならんだ状態で見つかることから、死者が葬られている場所を区画する柵(さく)のような役割をもっていたと考えられています。

壺形埴輪写真
二重口縁(にじゅうこうえん)の壷形(つぼがた)埴輪
 口の部分が大きく二段に開き、底に穴があいています。外見は壷そっくりなので、この名前がつきました。底にあけられた穴は、墓に供えるためのものであることを表します。また、大きく二段に開く口の形は、この地域独特のものです。

壺形埴輪写真
壷形(つぼがた)埴輪
 壷形といっても、実際にものを貯える部分は省略されています。写真下の筒状部分を円筒埴輪に差込み、壷がのっているように見せていました。後に円筒埴輪と一体化し、朝顔形埴輪としてつくられるようになりました。

家形埴輪写真
家形埴輪
 建物をかたどった埴輪です。屋根の構造から入母屋造り(いりもやづくり)、寄棟造り(よせむねづくり)、切妻造り(きりづまづくり)に分けられます。宝塚1号墳のものは入母屋造りであることや、鰭(ひれ)飾りをもつものがあることから、特別な意味を持つ建物を表していると考えられます。古墳の中の重要な場所や、その周辺に置かれることが多いことから、死者の魂が生活する場所、生前暮らしていた住居を表したものという説があります。

蓋形埴輪写真
蓋形(きぬがさがた)埴輪
 貴人にさしかける日傘をかたどった埴輪です。その名のとおり、傘部分に絹をはり、傘上部には羽のような立飾りでその威容を強調しています。船形埴輪の船上にも、蓋が立てられています。

盾形埴輪写真
盾形(たてがた)埴輪
 戦いで身をまもる盾をかたどった埴輪です。実際の盾は、木製あるいは皮製でした。円筒埴輪の台に粘土板を貼りつけて盾面をつくり、その表面に鋸歯文(きょしもん)・斜格子文(ななめこうしもん/しゃこうしもん)などの文様を線で表しています。宝塚1号墳から見つかった盾形埴輪は、すべて古墳の外側に向けて立てられていたことから、邪悪なものから古墳をまもる役割があったと考えられます。

囲形埴輪
囲形(かこいがた)埴輪
 高い塀に囲まれた空間に家形埴輪が置かれています。写真上の家の中には水を流す溝、写真下の家の中には井戸を表す筒状のものがつくられています。これらは水に関係のある「まつり」の場を表し、古墳に眠る人物がこの「まつり」にかかわっていたと考えられます。三重県内では、伊賀市の城之越(じょのこし)遺跡や津市の六大A(ろくだいえー)遺跡で水にかかわる「まつり」の場が見つかっています。