68歳から大台ヶ原に登る

印刷用ページを表示する掲載日:2012年2月20日更新

終焉の地大台ヶ原へ

 武四郎は68歳から、三重県と奈良県の境にまたがり、北海道によく似た気候である大台ケ原に登ります。老いてなお、冒険心が衰えていなかった武四郎は、68歳、69歳、70歳と3度にわたる大台ヶ原登山をおこない、地元の人びとが利用しやすいように登山路の整備、山小屋の建設などにも努めました。
 大台ヶ原を終焉の地と定めた武四郎でしたが、初めての登山で「優婆塞もひじりもいまだけ分いらぬ 深山の奥に我は来にけり」という和歌を詠んでいます。これは紀伊半島の霊場として、大峰山は役行者が、高野山は空海上人が開山していたことにちなんで、大台ヶ原はその二人でさえ足を踏み入れたことのない深い山であり、ここを開くのは私なんだ・・・そんな思いを抱いていたことを表しています。
 3度目となる70歳の大台ヶ原登山では、地元の人びとなど約70名が参加して、山頂に近い牛石ヶ原で盛大に護摩法要がおこなわれました。

乙酉掌記に描かれた武四郎の姿

乙酉掌記に描かれた武四郎の姿大台ケ原を終焉の地とし、68歳から70歳にかけて、3度にわたり大台ヶ原に登った武四郎は、蝦夷地調査と同じように登山の様子を細かく記録しています。
 写真は、明治18年に初めて大台ヶ原に登った際の紀行本に登場する登山姿の武四郎です。

 

 

 

 

 

 

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