3回の蝦夷地調査の記録をまとめる

印刷用ページを表示する掲載日:2012年2月20日更新

 武四郎は調査で、常に小さなメモ帳を携え、歩きながら各地の様子を細かく記録しました。そして、3回の蝦夷地調査を終えた武四郎は、メモ帳に書き留めた情報を整理し、嘉永3年(1850年)に3回の調査の記録をそれぞれ、「初航蝦夷日誌」(全12冊)、「再航蝦夷日誌」(全14冊)、「三航蝦夷日誌」(全8冊)という題でまとめました。
 これらの日誌は、蝦夷地の地形、地名、動物、植物のみならず、その地で暮らすアイヌ民族の姿、松前藩による蝦夷地支配の実態など、見たもの、聞いたことが詳細に記録されているほか、随所に武四郎の考えが加えられています。
 武四郎の調査記録は、たちまち江戸で評判となり、当時の知識人や、志士たちから注目されました。また、武四郎も水戸藩など蝦夷地に関心を持っていた藩や、幕府へも調査記録を献上したため、武四郎の名前は広く知られるようになっていきました。
※武四郎が蝦夷地調査で持ち歩いたメモ帳は「野帳」(のちょう)と呼ばれています。

第1回目の調査記録「初航蝦夷日誌」

 

第1回目の調査記録「初航蝦夷日誌」

武四郎は、当時の日本にとってもっとも重要な場所であるのが蝦夷地であり、多くの志士たちに蝦夷地のことを知って欲しいという思いで調査の記録をまとめました。
 現代のように車や電車や飛行機がない時代ですので、誰もが簡単に旅ができたわけではありません。武四郎が苦労をして蝦夷地を調査した背景には、幕末における対外的な危機意識が大きく関係しています。欧米諸国がアジアへと進出し植民地支配を広げていた時代に、どこからどこまでが日本であり、北の地域がどのようになっているかを知ることなくして、日本を守ることなどできないのだという思いが、武四郎を動かしたのでしょう。

 

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