立梅用水

印刷用ページを表示する掲載日:2019年12月24日更新

飯南管内
150-256
立梅用水(たちばいようすい)
 

国登録記念物(遺跡関係)

概要

立梅用水/江戸時代~現代/飯南町粥見~多気町丹生/約28km(登録約24km)/平成26年10月6日登録

 立梅用水は、松阪市飯南町粥見地内から多気町丹生地内の水田へ水を運ぶために建設された灌漑用水である。江戸時代後期の完成以来、改修を重ねながらも旧来の用水ルートが維持され、江戸時代の水路技術をよく伝えている。
 この用水の計画は元禄15年(1702)の紀州和歌山藩大畑才蔵による原案にはじまる。その後、丹生村地士西村彦左衛門為秋らが和歌山藩へ請願したことにより、文化14年(1817)に乙部才助らにより測量が行われた。建設工事は、文政3年(1820)3月に着工、途中、岩盤を刳り抜くといった難工事を伴ったが、深野の大庄屋であった野呂市之進俊興の助力もあり文政6年(1823)に完成した。粥見地内にある現在の立梅井堰(たちばいいぜき)は文政期の井堰より上流に位置し、大正10年(1921)につくられた。一級河川櫛田川に設置された立梅井堰から引き込まれた水は、約28kmに及ぶ用水路により広大な農地に水を供給するとともに、発電や防火用水など、様々な利用がなされており、生活に密着した用水路、そして文化財として親しまれている。

 

tachibaiyosui

立梅井堰

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