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大淀三千風墓

印刷用ページを表示する掲載日:2020年9月9日更新

本庁管内 南部地区
73-139
大淀三千風墓
(おおよどみちかぜはか)

市指定史跡

概要

1基/宝永4年(1707)/射和町墓広 射和町共同墓地内/指定区域:墓石部分のみ/昭和60年3月30日 

 晩年の三千風は、大磯(神奈川県)の鴫立庵(しぎたつあん)にあって、九州方面を再三訪れ、長崎を中心に三千風流の普及に努めた。宝永2年(1705)に故郷に帰り、やがて病臥(びょうが)し、同4年、69歳で没した。墓は射和町共同墓地にあり、正面に「友翰法師」、左側面に「三井氏」、右側面に「宝永四丁亥正月八日」の文字を刻む。
 なお三千風の墓としては、多気郡多気町西池上の明通寺境内にも門人たちが建てたという供養碑「不生居士三千風之墓」がある。

大淀三千風墓

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