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本居宣長稿本類並関係資料 附 本居宣長自画像(著色) 自讃 四十四才像 並六十一才像

ページID:0111792 更新日:2026年6月1日更新 印刷ページ表示

概要

​本居宣長稿本類並関係資料(もとおりのりながこうほんるいならびにかんけいしりょう) 附 本居宣長自画像(著色) 自讃 四十四才像 並六十一才像

・種別:重要文化財 書跡

・員数:1,949点

・時代:江戸

・指定日:(元)昭和43年(1968)4月25日、(追加)昭和54年(1979)6月6日、(追加)平成13年(2001)6月22日

・所在地:殿町(本居宣長記念館)

・所有者等:松阪市

 

 国学者本居宣長(1730~1801)の72年間の生涯の資料を網羅(もうら)する資料です。著書と記録類に細分される宣長自筆資料と、旧蔵書、記録類、宣長宛書簡、そして宣長の自画像に大別できます。代表的なものとして以下の資料が挙げられます。
〈著書〉 『古事記伝』は35年の歳月を費やした代表作です。草稿22冊、再稿本44冊(写真)。また宣長の使用した『古事記』もともに指定されています。『源氏物語玉(たま)の小櫛(おぐし)』は源氏物語研究史に一線を画した本であり、またもののあわれ論を基調とする文学論は、近代に至るまで大きな影響力を持ちました。
〈記録〉 『日記』は在京中のものを含めると10冊あります。日記とはいうものの、自分の誕生前後の事から筆を起こしている特異なものです。このほか、旅に出た時の日記や、来訪者の覚え、医者としての記録である『済世録(さいせいろく)』10冊などたくさんの記録が残っています。また宣長が家族に宛てた書簡も含まれます。これらによって、宣長の生涯のみならず当時の学者の日常生活をつぶさに知ることができます。
〈宣長宛書簡〉 家族、知人、門人の書簡が数多く残りますが、白眉(はくび)は京都に遊学していた宣長に宛てた母の66通の書簡です。家長として立てながらも家名を汚さぬよう、健康を気づかい、節約を勧め、時には酒のことまで事あるごとに注意を与えています。子を思う母の気持ちもさることながら、その手紙を大事に残した宣長の人間性にも心打たれるものがあります。
〈自画像〉 宣長は44歳と61歳の時、自分の姿を描いています。髪型、構図は異なりますが、ともに鈴屋衣(すずのやごろも)を着、桜の歌を賛としています。写真は61歳像。長身痩躯(そうく)、穏やかであったというその人柄を髣髴(ほうふつ)させる画像です。歌は「しき嶋のやまと心を人とはば朝日ににほふ山さくら花」とあります。

 

本居宣長稿本類並関係資料

 本居宣長自画像