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本居宣長墓(もとおりのりながはか)(樹敬寺(じゅきょうじ)) 附 本居春庭墓
・種別:史跡
・員数:9.42m²
・時代:江戸
・指定日:昭和11年(1936)9月3日
・所在地:新町(樹敬寺)
・所有者等:樹敬寺
宣長の墓は、山室の奥墓(おくつき)と菩提寺樹敬寺(じゅきょうじ)の2つがあります。樹敬寺は少年宣長に大きな影響を与えた寺で、塔頭嶺松院(たっちゅうれいしょういん)の歌会には、44年にわたり参加しました。奥墓が、晩年仏教を排した宣長の思想の象徴であるとすると、妻や家族と眠るこの墓は、社会の一員、また小津家・本居家の当主としての自覚の象徴とみることができます。碑面には宣長と妻勝の戒名「高岳院石上道啓居士」「円明院清室恵鏡大姉」(宣長筆)と刻まれています。背後には、長男春庭と妻壱岐の墓があります。二人の戒名は「明章院通言道永居士」「雅静院淑和慧厚大姉」。いずれもその生涯を象徴する文字が選ばれています。またこの墓地には、宣長の祖先の歴代小津家、子孫である本居家の合計26 基の墓があります。