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伊勢寺跡

ページID:0109699 更新日:2026年6月1日更新 印刷ページ表示

概要

県指定文化財

伊勢寺跡(いせでらあと)

・種別:史跡

・員数:2,180m²

・時代:飛鳥~平安

・指定日:昭和12年(1937)11月5日

・所在地:伊勢寺町(国分寺)

・所有者等:国

 

 伊勢寺町地内の市道外五曲伊勢寺線の北側に一段高く、真言宗に属する国分寺の境内があります。かねてから、この国分寺境内を中心として東西150m、南北180mの方形区画が伊勢寺跡の寺域と推定されていました。
 昭和63年(1988)から平成元年(1989)にかけて県営圃場(ほじょう)整備事業にともない発掘調査が実施され、寺域の北と東西を区画する溝が確認されました。この結果、創建時から4回の溝の掘り直しがおこなわれ、東西幅は溝の時期によって、約100mから110mになることが判明しました。史跡の指定範囲は遺跡の一部で、現在の国分寺境内に限られます。
 伊勢寺跡の創建は出土瓦や調査結果から7世紀末ごろと考えられ、その後、奈良時代から平安時代前期にかけて寺域が徐々に拡大して大規模な伽藍(がらん)の整備が行われたと考えられます。なお、寺域からは、奈良三彩(さんさい)の須弥山(しゅみせん)と思われるものが出土しています。
 なお国分寺の名は、かつて慶雲寺と称し、江戸時代になって改められたものです。

 

​ 伊勢寺跡