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〈市長コラム〉北海道の名付け親「松浦武四郎」

印刷用ページを表示する掲載日:2016年10月1日更新

松浦武四郎肖像秋晴れの心地よい季節になってきました。朝夕冷えてきますので、くれぐれもご自愛ください。

さて、突然ですがクイズです。「シシャモ」「コンブ」「ラッコ」「トナカイ」「ノンノ」これらに共通することは?

答えは、これらの言葉はすべてアイヌ語であるということです。ファッション誌のタイトルでもある「ノンノ」は、花を意味するそうです。

アイヌといえば、北海道の名付け親、松浦武四郎です。

幕末の1818年に松阪で生まれた武四郎は、16歳で江戸に出て日本全国を巡り歩きました。長崎でロシアが蝦夷地を狙っていると聞くと、いてもたってもいられず、蝦夷地の探査を決意しました。28歳から41歳までに6回も、蝦夷地を探査し、アイヌ民族と深く交流します。アイヌ民族の保護を幕府に訴えたため、松前藩に命を狙われたこともありましたが、信念を曲げることはありませんでした。また、吉田松陰など多くの志士と交流し、当時もっとも蝦夷地に詳しい人物との評価を得ています。

維新後は、大久保利通の推挙で政府の要職につき、「日本の北にあり、アイヌの人が古くから暮らす広い大地」との思いを込め、「北加伊道(北海道)」という名称を提案しました。しかしその後は、アイヌ民族への政策をめぐり反発、職を辞しています。晩年は全国各地を旅し、71歳でこの世を去りました。

このようにドラマチックな生涯を送った松浦武四郎ですが、2年後の平成30年(2018)に生誕200年、そして、蝦夷地が北海道と命名されてから150年を迎えます。このメモリアルイヤーに向け、北海道の各自治体との事業連携と、松浦武四郎のドラマ化実現への協力依頼に北海道に行ってきました。北海道では、武四郎が北海道の名称を政府に提案した7月17日を「北海道の日」とすることが議会でも話し合われており、高橋はるみ知事からは、ぜひドラマ化についても協力したいとの力強い言葉をいただきました。

今後は、平成30年に向け様々な働きかけを行っていきます。市民の皆さんにも、郷土の偉人、松浦武四郎の功績を知っていただき、ともに記念事業を盛り上げていただきたいと願っています。

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