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御城番屋敷

現存する最大規模の武家屋敷

裏門跡を出た先に石畳の両側に武家屋敷が並んだひときわ目を引く一画があります。
松坂城裏門跡と搦手門(竹御門)跡を結ぶ石畳の両側に、美しく整えられた槇垣を巡らした御城番屋敷は、松坂城を警護する「松坂御城番」という役職の武士20人とその家族が住んだ武士の組屋敷です。
屋敷には、今も子孫の方が住まわれ、維持管理を行っています。現存する江戸時代の武家屋敷でも最大規模を誇る貴重な建造物で、平成16年、国の重要文化財に指定されました。

御城番武士の祖先は、徳川家康の先鋒隊として活躍した横須賀党で、家康の子頼宣の家臣として紀州藩の田辺に遣わされます。事ある時は田辺城主安藤家に助勢する使命を帯びた藩主直属の家臣として、「田辺与力」と呼ばれていました。
それから230年余り後、突然、安藤家家臣となるよう通達を受けますが、直臣であることに誇りを持っていた彼らはこれを不満に思い、藩士の身分を捨て放浪の身となります。
紀州藩への復帰を嘆願し続け、6年後の1863年に松坂城御城番として帰藩がかない、彼らとその家族の住居として建てられました。

明治になると、「苗秀社」を創設して激変の世を乗り越え、大正15年には合資会社に改組、平成28年には合同会社となり現在に至っています。

約1ヘクタールの屋敷地に主屋2棟と前庭、畑地、土蔵、南龍神社があり、主屋は東棟に10戸、西棟に9戸が残っています。松阪市はこのうち1戸を借り受け復元整備して平成2年より一般公開しています。

(21)御城番屋敷

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松坂城二ノ丸跡より望む御城番屋敷

 

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