プロフィール

印刷用ページを表示する掲載日:2012年2月20日更新

小倉

松阪市民病院
院長 小倉 嘉文

専門分野

肝臓、胆道、膵臓の外科治療、食道の外科治療
内視鏡を用いた優しい外科治療~甲状腺、上皮小体 
乳腺、副腎、胃、大腸疾患、腸閉塞、メッケル憩室炎
鼡経ヘルニアなど。

経歴

三重大第一外科助教授、国立三重中央病院外科医長
日本外科学会の指導医
日本消化器外科学会・日本消化器学会の指導医/評議員ほか

趣味等

ゴルフ・スキューバダイビング・映画鑑賞

小倉2

こんにちは。
私が松阪市民病院に着任して7年9ヶ月が経過しました。
遅まきながらの自己紹介をさせていただきます。

「出身地と経歴」松阪市飯高町森、国道166線を西へ、約46km、約1時間の山間地で生まれました。
森小学校(現 香肌小学校)、森中学校(現 飯高西中学校)を経て、伊勢高等学校から三重県立大学医学部(現 国立三重大学医学部)を昭和49年に卒業しました。
卒業後、2年間は鎌田町の古い松阪中央総合病院で研修しました。
その後、三重大学医学部第一外科に入局して、19年間大学病院での生活が続きました。
平成10年10月に国立三重中央病院外科(現 三重中央医療センター)へ赴任し、3年後の平成13年10月、松阪市民病院の副院長として着任しました。翌年4月から第7代目の院長を拝命して現在に至っております。

「専門分野」専門は消化器外科、特に肝胆膵疾患の外科的治療です。なかでも肝門部胆管癌の治療には興味があり、積極的に手術を行ってきました。 私が若い時代は拡大手術が全盛の時期であり、外科医としての腕を遺憾なく発揮できた時代でした。 その手術手技の実力は全国的にも多少は認めてもらっていたことを懐かしく思い出します。 また、現在各領域で注目されている内視鏡治療、中でも腹腔鏡下手術が本邦へ導入されて間もない1991年(平成3年)に、三重県下でもいち早く腹腔鏡下胆嚢摘出術を行って、その手術に成功しました。

「家族と趣味など」 子供は4人で、いずれも県外に居住しており、まだ孫の顔はみておりません。趣味はゴルフと映画鑑賞に、写真を撮ることです。一昨年まではスキューバーダイビングも行っていましたが、インストラクターで、親友の水産学部の同級生が体調不良のため、中断しています。 ゴルフは歴史が長く、医学部5年生の時からで、淀川の河川敷にある樟葉パブリックコースで練習ラウンドを重ね、医学部卒業旅行にはグアムにゴルフツアーした懐かしい思い出があります。 最近は殿町の年配の住人の方々や松阪広域で活躍している消防隊や救急隊の方々と松阪3病院の医師たちとの懇親ゴルフ大会など地域の方々との楽しいラウンドを時々させていただいています。

 ゴルフの魅力はハンディーキャップを用いて、若くて、うまい人とも対等に競技ができることと、運動量が過激ではなく、適度な体力維持に好都合なスポーツだからです。 私が主催するイエローカップゴルフコンペがありますが、年3回の開催で、現在35回を数えています。 登録されているメンバーは120名を越え、最近では14組―18組の大きなコンペに成長しています。 私と長年お付き合いしていただいている患者さんや同じ業界の先生、看護師さん、同級生や親戚のものなど職業や私との関係は極めて多岐に亘っています。

「松阪市民病院との係わり」 私が恩師の水本龍二三重大学名誉教授に招聘され、松阪市民病院に着任した時には野呂昭彦市長(現 三重県知事)、すぐに下村 猛市長、ついで山中光茂市長と3代の市長のもとで院長を務めることになりました。 いずれの市長も医療には少なからず関心があるようですが、ニュアンスは微妙に異なっており、いずれの市長とも歩調が合うまでにはやや時間がかかり、試行錯誤の状態が続きました。 山中市長は親戚筋でもありますが、33歳という若さが魅力でもあり、危ういところでもあります。 しばらくはお手並み拝見といきたいところですが、医療は待ったなしですから、筋を通して主張していかなければならないと考えています。

 さて、私が院長職を7年も越えて続けられた最も大きな理由は、比較的健康であったことと、女房の協力のお陰であることは当然ですが、私の周りのスタッフの温かい気遣いによるところが大きく、中でも、副院長と看護部長の病院運営に関わる献身的な取り組みには頭が下がる思いであり、感謝の気持でいっぱいです。

この7年間の医療界の動向は診療報酬のマイナス改定が2回連続して行われたことや大学病院への医師の引き上げというダブルパンチに遭遇して、松阪市民病院は完膚なきまでに叩きのめされました。 しかし、この現実を甘んじて受け入れることができなかったため、あらゆる手立てを使って病院組織の崩壊を食い止めることに奔走しました。

幸い、PHSの導入や電子カルテの導入などインフラの整備を怠らなかったことに加えて、DPCの導入により、われわれの病院に転機が訪れました。

ここから先の病院の話題につきましては、松阪市民病院ホームページの私のブログ「小倉つぶ庵」のはじめから、ご一読いただければ、ご理解いただけますので、割愛させていただきます。

平成21年6月23日  松阪市民病院 院長 小倉 嘉文