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桜の記憶平成28年4月16日(金曜日)

印刷用ページを表示する掲載日:2016年4月15日更新

桜の花の写真

 桜の季節が過ぎ去ります。  先のブログにも書きましたが、桜前線は年々南下しているようです。
 市民病院の近くの桜では、市役所前の桜が早く咲き、少し遅れて、市民病院の桜が咲ます。
 1週間ほど咲き誇り散って行くソメイヨシノ。  なぜこんなにも一斉に咲き、一斉に散るのかと不思議でしたが、ソメイヨシノは接ぎ木などで増やすので、遺伝的にはすべて同じと知り納得しました。

 私の桜の鮮明な記憶は宮川河畔の枝垂れ桜です。
 今から18年ほど前に松阪市民病院訪問看護室が立ち上がったころ、美杉村の八知から県道368号(伊勢本街道)を経由して、峠を越えて松阪の上仁柿から粥見、向粥見から県道710号で峠を越えて三瀬谷に着き、その後宮川流域を上流に患者さん宅に伺っていました。
 九十九折れの峠を一日に二つ越えていたのです。
 八知の訪問の記憶はまた後ほどお話ししたいと存じますが、宮川沿いに上流に登り、今の宮川診療所のところから右岸に渡り、上流に行くと道路左手の一段高い庭に、凛として咲く何とも言えない風情の一本の枝垂れ桜の古木がありました。
 やや濃いピンクで小ぶりの花がそれは優雅に咲いていて、しかも風格がある。ああこういう桜はとても良いと感じました。いつの間にか、霞の中に浮かぶ幻想的な桜として記憶に染みついて居ます。  その記憶はまた、伺っていた患者さんの記憶とも結び付いています。
 まだお若い方でしたが、一家全員で闘病に取り組み、愚痴も言わず、最後まで家で過ごされました。
 末っ子の男の子の卒業式、入学式があり、だから桜と重なって記憶に残っています。
 沢山の訪問診察をしてきましたが、大変記憶に残る患者さんでした。
 私たちは、患者さんの治療を行い、困難に寄り添います。
 この関係はしかし一方的ではなく、私たちも患者さんから多くの力を得ています。
 この時の闘病される姿から私は実に多くの勇気をもらったのです。
 この話には後日談があり、患者さんの娘さんが一時期市民病院の事務で働いて下さっていました。
 病棟でその時の記憶を話していたら、娘さんが、私はその患者の娘ですと言ってくれて本当に驚くやら、嬉しいやらでした。
 昔通った道を、カメラを持って行こう。記憶と、勇気を思い起こすために。

平成28年4月15日 院長 櫻井 正樹 

 桜井院長写真

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