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八田城跡

ページID:0111890 更新日:2019年12月20日更新 印刷ページ表示

嬉野管内

133-220
八田城跡
(はったじょうあと)

市指定史跡

概要

  • 室町時代
  • 嬉野八田町 個人
  • 平成18年3月23日

 八田城跡は雲出川の支流、中村川の南側の標高約58mの丘陵突端部にある。城跡の北側にある八田集落の平地からは、約34mの高さである。中村川流域の各地区には、下流に天花寺城、堀之内城、小川城(中川)があり、上流に釜生田城、森本城、滝之川城がある。その中でも八田城は、釜生田城、森本城、滝之川城とともに、城跡の全域が残っていて、全体の形状がよくわかる。
 城跡は土塁に囲まれた主郭を中心にして、東と北に小郭がある。主郭の出入り口は東と南にあり、南の狭い谷に井戸跡がある。更にその南の尾根筋にも東と西に掘切があり、城の範囲が広がる。
 八田城についての同時代の史料は見当たらない。近世の地誌である『勢陽五鈴遺響』には、大多和兵部少輔が居たとし、明治年間作成の地誌をまとめたと思われる『伊勢名勝志』には、大多和氏の前身、三浦氏の築城とする。

八田城跡