| 4月23日~28日 |
| 『「難有り(なんあり)」を乗り越えると「有難い(ありがたい)」成果が。。。』 |
≪4月23日≫

定例記者会見
(新年度所感を述べさせていただきました)
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皆さん、こんにちは。この一週間は、市民懇談会などの公務も含めて夜の会合が毎日続いておりますので、なるべく体調管理をいつも以上に心がけるように努めております。皆さんも季節の変わり目でお体を壊されていないでしょうか。私は以前からお酒の席やカラオケが非常に苦手で(歌がうまくないこともありますが。。。)、そのような場をなんとなく避け続けてきておりました。そのような場の「空気」をうまくつくれる方や心から宴を楽しまれる方を見ると正直うらやましく感じることもあります。ぼーっとその場にいていいのならば素直に楽しめるのですが、なかなかそうもいかず、その場での「役割」を求められてしまうと基本的に「不器用」な人間ですので困ってしまうし、場の空気を壊してしまうこともたびたびあったように思います。
政治を「まつりごと」という言い方をするときがありますが、「まつり」のときに誰もが感じるような「わくわく感」「期待感」「純粋な楽しみ」を市長の役割として創り出していくことも今求められていると思っております。お酒の席では不器用ですが、市政においてはみんなが参加をして感動を創り上げていく「まつり」を感じさせる「まつりごと」の場をしっかりと盛り上げていかねばと感じております。
23日は、朝から記者会見の準備を行うために市役所内で少しバタバタしておりました。この日に急遽発表するべき事柄も出てきたため、記者会見が始まる40分ほど前からその資料の準備などに入ってもらった部局もありました。なんとか時間に間に合わせることができ、こちらからは「新年度所感」「松阪まちなかシンポジウム」「子ども手当の支給状況」「香肌奥伊勢資源化広域連合への今後の松阪市の関わり方」という4点において会見をさせていただきました。
新年度所感においては、4月から部長会議改め「市政取締役会議」とした全庁的な協議体制の強化と国と地方の今後のあり方について話をさせていただきました。この日の前日に、全国市長会会長の森長岡市長から連絡があり、「子ども手当」の次年度以降のあり方について松阪市のデータと主張を基にして、「国に地方自治体の現状を訴えてくる」というお話をいただきました。森会長は、22年度の一人当たり一万三千円という支給額を23年度から倍にするという国の方針に対して、その地方に流れてくる金額が基礎的自治体にとってどれだけの意味を持つ額なのかを強調してくるということでした。これまでも話をさせていただいたように、松阪市に23年度に入ってくる予定となっている子ども手当の総額は約76億円であり、ほぼ個人住民税の総額約77億と変わらない数字です。すべての保育園における保育料が約8億円、保育園を1か所つくるのに約3億円など、もし「毎年」76億円のお金があれば、これまで地域で多くの課題を抱えている子育て政策への十分な対応はもちろんですが、高齢者政策や観光振興策など松阪市が抱えている多様な課題に対しても抜本的な対応が可能となります。国民の税金を預かっている国として、その使い途の効率性と効果性はしっかりと検討をいただくなかで、23年度予算のあり方を考えていただきたいと感じており、今後市長会の一員としてもしっかりと提言を続けていくつもりです。
また、5月15日の午後6時半から行われる「松阪まちなかシンポジウム」の案内もさせていただきました。このシンポジウムは昨年、3度にわたって行った中心市街地に対しての意見聴取会や市民アンケートの結果を尊重して創った「松阪まちなか再生プラン」のお披露目とそれを受けてまちづくりを具現化していくあり方について、市民の方々と語り合おうとするものです。また、この場においても多くの意見をいただくなかで、更に計画をより良いものにして、市民とともに創るまちづくりを進めていきたいと思っています。
午後からは、津市において三重県市長会が行われました。東海市長会に提案する議案の整理や県事業の報告などが行われ、2時間ほど各市長間で協議がされました。それぞれの市長が各地域での公務で忙しいのはもちろんですが、このような機会を重ねていくことが大切だと感じています。同じ地方を「経営」する立場としての情報交換が行えますし、市民の方々へプラスとなる行政経営ができるように協力をし、またいい意味で競い合わせていただくことで、住民の幸せがどの地域でも広がっていける取り組みをしていかねばと思います。
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≪4月24日≫

高校生、大学生、主婦、国会議員と一緒に
「よりよい社会の実現のために」意見交換を
させていただきました。

「まちづくり討論会」
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24日は、昼は海江田万里衆議院議員と高校生、大学生らとのパネルディスカッションに参加をさせていただきました。学生の方々の子ども手当に対しての非常に厳しい意見に私たちもうなずかされる部分が大きかったです。海江田議員は民主党選出ですが、あくまでも「個人的意見」として、2万6千円をそのまま現金で満額給付するべきではないと思うとの話をされ、今後しっかりと民主党のなかで子ども手当という「税金」の使い途を徹底して議論していくと話をしていただきました。
夜は、渡辺喜美衆議院議員が来られ、40分ほど対談をさせていただきました。渡辺議員と話をさせていただいたのは、「上から目線」で国の改革を行うのではなく、「住民の目線」から国政の改革を行っていって欲しいということでした。私たち基礎的自治体を経営する首長は、常に限られた財源のなかで「市民の幸せと痛み」に直面して厳しい判断を強いられています。鳩山総理大臣は、どこにでもいい顔をして「やります」というスタンスですが、「できないこと」の「できない理由」を話して住民に満足していただくことも今の時代に求められていることだと考えています。今行うことが「次の世代」にどのような影響がでるのか、今ある大きな給付を行うことがどれだけ「現実」の他の事業を行えないことにつながるのか、しっかりと説明責任を住民に果たしていく必要があります。
今日はたまたま2人の国会議員の方々と話をさせていただきましたが、今の国と地方とそして住民の危機的な時代認識を持っていただき、「身を捨てる覚悟」で国政に取り組んでいただきたいと思いました。もちろん、私もその「覚悟」で行政に携わっていきますが。。
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≪4月25日≫

監督・コーチの皆さんも見つめる開会式です
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25日の日曜日は、朝の8時からソフトボール大会での始球式に始まり、夕方まで各地での行事などに参加をさせていただきました。午後からは、松阪市ろうあ協会の主催による「ゆずり葉」という映画鑑賞会に出席をさせていただきました。後の予定がぎりぎりだったので、途中で抜けなくてはと思いながらも、映画に感動し引き込まれてしまい、最後まで見せていただきました。社会のなかで、ろうあの方々が勝ち取ってこられた権利の重みを感じるとともに、私たちすべてが「相手の痛み」を想像して行動することでどれだけ多くの方々と幸せを共有できるかを考えさせられました。
夜には、松阪出身の歌手であるあべ静江さん、「カラダ・ソムリエ」として活躍されている宮田トオルさんとゆっくり懇談をさせていただきました。お二人とも「地域づくり」「健康づくり」に非常に熱い思いがあり、自分たち一人ひとりでできることからみんなで一緒にやっていこうとすることまで、いろんな視点から話をさせていただき、非常に楽しく有意義な時間を過ごしました。あべさんには、松阪をもっともっとPRしてもらうことをお願いしておきました。
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選手宣誓

始球式

ちゃちゃも人気で写真撮影に
行列ができていました

会場に来ていた皆さんと

もちつき体験コーナー

全日本ろうあ連盟創立60周年記念映画上映会
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いざプレイボール!

松阪こどもまつりオープニングセレモニー

マスコットの先輩たけちゃんも登場

天気にも恵まれ大賑わいの会場

蒲生氏郷公顕彰会定期総会

「多くの方に聴覚障害者へのご理解が
広まるきっかけになれば・・・」
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≪4月26日≫

第一公民館管内市民懇談会
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26日、27日、28日は、夜に3日続けて松阪駅周辺地域における「市民懇談会」を行わせていただきました。第一小学校区、第四小学校区、幸小学校区と参加人数は50人ほどと決して多くありませんでしたが、それぞれ一時間半強の時間を非常に充実したかたちの話し合いにできたと感じております。「まちなか」であればあるほど、様々な「活動主体」がいらっしゃるのですが、なかなか「横の連携」がうまくいってはおらず、今のところ「人」や「団体」の連携により、まちが十分に活性化しているとはいえません。今後、住民協議会の枠組みを創っていくことは、そんな地域だからこそ難しいのですが、難しいことを乗り越えていくプロセスそのものが地域を強くして、人と人との真の結びつきを深めていくのだと思います。「難有り(なんあり)」を克服すると「有難い(ありがたい)」結果が生まれると思います。私をはじめ行政も可能な限り、汗を流しながら地域に入っていくことを惜しみませんし、地域は地域でこれまでつながらなかった人と人とのつながりを「苦労」しながら創り上げていっていただかなくてはいけないと思っています。誰のものでもない自分たちの地域の未来を創っていくために。。。
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≪4月27日≫

百歳訪問 (中谷さん)

今年度からはもっとお元気にと
「健康ダウンベスト」を記念品に
贈らさせていただきました
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(清水さん)
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≪4月28日≫

「『原田二郎没後80年記念展』
戸田善明理事長さんと」 歴史民俗資料館で

見学にお越しいただいたみなさんと

夕方のニュース番組でも紹介されるそうです

幸地区市民懇談会
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全財産を積善会に寄付された原田さんの志を
理事長さんにご説明いただきました

「三重を元気にしよう会」さんによる
松阪での(耕作放棄地有効活用&ニート支援事業)
を見学させていただきました

指導を受け 初めて体験するトラクター
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29日から世間では、「ゴールデンウィーク」という連休に入るという「うわさ」があるようですが(笑)、市長としての意識を持ってしっかりと働かせていただこうと思います。年度が替わってちょうど一か月が過ぎ、環境の変化のなかでお疲れの方々も少なくないのではないでしょうか。ゆっくりとゴールデンウィークに英気を養っていただき、この機会に心に「黄金」を積み立てることができるような一週間にしていただければと思います。私も、東京での「首長政策集団」の立ち上げや日野祭への参加など三重県を出て活動をさせていただきますが、「5月ぼけ」にならないように、改めてここで気を引き締めなくてはなりませんね。
皆さんの幸せを自分自身の幸せと感じる心を忘れることなく、「日々新たに」松阪市政に携わっていくつもりです。青葉のきらめきが昨日よりも目に鮮烈に輝くように、皆さんの明日の幸せが今日よりもっと素敵に輝きますように。。
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| 4月20日~22日 |
| 『わが地域を愛することこそが、わが魂なり。。。です!』 |

「ひさかたの あおぞら はためく今二十一日・・・」
≪4月20日≫

名古屋で無料配布されている情報誌さんから
松阪市の観光情報発信に付いて取材をうけました

杏の実がふくらみだしましたが
昨年より少し遅いです

平成22年度松阪市食生活改善推進協議会総会
(健康センター)

講演「地球の裏側で感じた人の幸せ」
食の健康 心の健康

「手作りのドロップクッキーを
食できる事の幸せ・・・」
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皆さん、こんにちは。新しい年度を迎えて職場や仲間同士での懇親会なども増えているのではないでしょうか。楽しい時間が次の日には疲れとなって、苦しい時間になることも多々あるでしょうから、あまり無理をされず体調には気をつけていただき、春のひとときを楽しんでくださいませ。私もこの一週間は、公務と私用ともに含めて夜の会合が連日続いているのですが、基本的にお酒はほとんど飲まずに次の日に備えるようにしております。もともと「私個人」ではまったくお酒を飲まない人間ですが、やはり人と人との「ご縁」を深めるなかでお酒を通じた場が非常に素敵なものとなる機会も多く、また次につながるお互いの関係の深化へつながるものとなりますので、このような場も大切にしなくてはいけないと感じさせられます。とはいえ、市長になってからお酒のある席に顔を出すことはほとんどなく、というよりも時間をとることができず、ご辞退させていただいていることがほとんどです。数少ない「ご縁」の場は、有効に精一杯楽しませていただこうと思っています。
20日は、朝から市政取締役会議を行いました。昨年度までの部長会議においては、私から話をした後に、特別に連絡のある部局だけが全体報告をして10分ほどで終わることも少なくなかったのですが、新しい取締役会議においては部局長からの「特にありません」という態度を禁止しましたので、何かしら市政全般に関わる現場からの指摘点や部局での現在の状況などを報告していただき、話し合ってもらうようにさせていただきました。この日も一時間強の時間の会議となりましたが、現場の身近な視点からの提案事項なども出していただき、有意義なものになったと感じております。今後も各部局長が自分の部だけをしっかり守っていければ良いということではなく、市政全般の諸課題について問題意識を持って考えていただく体制づくりを進めていくつもりです。
午後からは、観光ブランドに関して名古屋のローカル情報誌からの取材を受けました。近隣大都市である名古屋に対しては、観光誘客戦略をもって今後取り組まなくてはいけないと考えており、今回の取材に対しても「特産松阪牛」のPRを中心に「一生に一度来て、食べていただきたい味がある松阪」として、強く売り込ませていただきました。今後も戦略的に松阪市に人を呼び込み、松阪の素晴らしさを理解していただける取り組みを進めていかねばと考えています。
午後2時半からは、食生活推進協議会の皆さんに呼んでいただき、アフリカを中心とした途上国での体験とそれを通じて感じたことを素直に話をさせていただきました。日本人が「幸せ」を感じる割合が低い国であるということを紹介させていただき、当たり前に食事ができる幸せ、当たり前に教育を受けることができる幸せ、当たり前に服を着て、仕事ができて、人を愛することができる幸せ、、、、そんな当たり前のことに当たり前に幸せを感じることの大切さということを私自身の体験を通じて精一杯伝えさせていただきました。いつもこのアフリカの話をさせていただくときは、「アフリカが悲惨」ということを決して言いたい訳ではなく、「今いる環境で精一杯幸せを追求して生き抜くこと」を思いを込めて話をさせていただいています。また、遠くの他者への痛みを想像して配慮できない社会は、身近な他者の痛みも想像して寄り添うことができないと思っています。人と人とがお互いの幸せを共有できるような社会へ向かうためには、一人ひとりの優しい意識が積み重なることなんだろうと感じています。
夜は、松阪商工会議所青年部の4月例会があり、松下政経塾の元塾頭であり、「よい国つくろう!日本志民会議」の代表者もされている上甲晃さんの講演会が行われました。故松下幸之助氏の社会に対して、また将来に対して考えていたことを伝えながら、今「一人の人間」ができること、一人の人間の行動や意識から変わっていく社会ということも具体的な事例を含めて非常に興味深く話していただきました。私自身も一時間半の講演を聴かせていただき、ときどき鳥肌が立つような感銘を受けた部分もあり、自分自身の日頃の行動を改めて見直し、もう一段高い次元での緊張感を持った仕事をしなくてはいけないと考えさせられました。「人間」という存在に対する深い造詣とご自身が亡きあとにおいて自分が見ることができないこの社会の先行きを、「良いもの」にしたいという純粋な思いが伝わってまいりました。食事もご一緒させていただき、さまざまな話をさせていただきましたが、本当に嬉しく素晴らしい「ご縁」をいただけたことに感謝をしています。
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≪4月21日≫

松阪地域みっちゃく生活情報誌
ふぁみんぐコラム掲載中

カタバミ&アンズ
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21日の午前中は、休みを取らせていただき、ちょっと体をゆっくりと癒させていただきました。午後からは市役所に出て行き、いつも通り夕方まで各種協議に入らせていただきました。夜は、新しい戦略経営課における職場の懇談会に出席させていただきました。食事をしながら気楽にコミュニケーションをという思いだったのですが、職員の方々と次第にお互いの仕事の話ばかりになってしまい、熱く語り合わせていただきました。
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≪4月22日≫

中部地方整備局長さんへコミュニティ交通問題を
地域参画で取組んできた経緯を
申し上げこれからの支援もお願いしました
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22日も朝から各部局と協議を行うとともに、たまっていた書類の整理と書きものをしていました。夜は、飯高総合開発センターで市民懇談会を行いました。強い雨が降っていたにも関わらず、多くの方にご参加をいただき、様々なご意見をいただけたことは嬉しく感じました。
イタリアのルネッサンス期における政治学者であるマキャベリは、「私はわが魂よりもわが祖国を愛する」と書物に書き残しております。この言葉は、私もよく理解できる気がします。私の思いであるとか志とかが「ありき」ではなく、結局は「現実」のなかで人が何を求め、社会が何を求め、どのような地域であり、どのような国であるべきなのかを考えていくことが大切であるように思います。私の魂の重さよりも、多くの「人」が住むこの社会をどのように守っていくかが、何より大切であると思います。そして、そのような思いを貫いてそこに関わっていく覚悟と意志が、結果として「私の魂」になるのだろうと考えています。
皆さんの幸せを感じること、笑顔を感じること、そこに少しでも自分自身が関われることを「魂」として一生かけて貫いていければ幸せだと感じます。今日もありがとうございました。皆さんの明日の「現実」のなかでの幸せを心からお祈りしております。。。。 |

飯高町川俣地区住民協議会(七日市にて)
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高見山を源流とする櫛田川の
上流に位置しています
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| 4月16日~19日 |
『坂本龍馬だけが頑張ったのではなく、
いつの時代も誰もが頑張って生きてます!』 |

-LOTUS-
≪4月16日≫

香肌奥伊勢資源化広域連合議会第1回臨時会
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皆さん、こんにちは。少し春らしい暖かい日が続くようになってまいりました。週末には各地域で春を感じることができる行事もたくさん行われており、日本で生まれて過ごしていることの幸せをしみじみと味わうことができます。たまたま自分自身が生まれたのが日本であり、日本人になり、日本人らしい感性を環境のなかで培われることになり。。。そのことを当たり前のように過ごしながらも、不思議な感じもして、どちらにしてももう「日本人」であることは逃げられない現実ですし、逃げようとも思わないし、素敵な現実でもあるのですが、最近「国」ってなんだろうなあ、と感じることがあります。
最近、「日本創新党」という首長連合ができて夏の参議院選挙に挑むというニュースが入ってきました。「日本新党(無くなりましたが)」「たちあがれ日本」「新党日本」など政党名に「日本」という言葉を入れている政党がいくつかあります。当然、日本の政治家の集まりで、日本の政治を考えるのだから「日本」という言葉を入れることはなんにも違和感はないのですが、それでは「世界」のことは誰が考えるのでしょうか。「世界政府」というものは現在においては存在しませんし、世界が一つの政府により統治されるのがいいのかどうかは難しい問題です。「国際連合」があるじゃないかという人もいるでしょうが、「UNITED NATIONS」という英語が示すように「国家の連合体」として条約で国同士が結ばれているにすぎず、国際連合という機関が独自の「意思」を持つわけではありません。私は日本という国が「他者への愛を持てる国家」になれば素晴らしいなあと感じています。自分のことばかり考えている「一人の人」ばかりの積み重ねで社会ができあがれば、社会そのものに幸せが広がらないのと同じように、「一つの国」が自分の国のことばかり考えている集合体の「世界」であれば決して幸せが広がっていく地球にならないと思います。
私は、自分の国のことだけを考えるのではない「日本」という国の役割を考えていくことが「日本の立ち位置」につながり、「日本人」の基軸としての価値観を各地域に改めて養っていくことにもつながるのではないのかと感じています。
「日本創新党」の目指す国家像のところに「自由で力強い日本」とありましたが、そんな日本でいいのでしょうか。地方自治体において行政に携わっていると、「痛み」のある方々の「現実」に常に触れながら、財政との兼ね合いで必ずしもすべての痛みを解決できない葛藤にさいなまれることがあります。自由、力強さ、自立という響きはいいのですが、誰もがそれを求めることができない「現実」があり、それが自分の力だけで求められない方々へのアプローチこそが公の役割であるように感じます。日本においても世界においても様々な「痛み」を背負いながら「当たり前の幸せ」を求めている方々がほとんどであるように思います。 日本の国の方向が単なる権力争いになり、「当たり前の生きる人々」が忘れ去られてしまうのではないかと危惧するなかで、しっかりと地方自治体の首長としてあくまで「当たり前の幸せや痛み」に寄り添う立場からできることを行っていきたいと思っています。
16日の午前中は各部局との協議を行い、午後からは香肌奥伊勢資源化広域連合議会の臨時会に出席をいたしました。この広域連合は、資源循環型社会をめざす三重県のRDF化構想から始まったものであり、多気町、大台町、大紀町と松阪市が構成団体となっております。RDF事業においては、可燃ごみを固形燃料にして温水プールや公共施設などで活用したり、RDFの発電所を通じて一般家庭に送電するということを行います。この事業が行われたときには、当然県の責任のもとで「継続」していく大前提があったにもかかわらず、県が市町との十分な協議がないままに方針転換を行い、最初はRDFの引き取り料金は無料であったにも関わらず、市町に負担を増大させていき2016年には撤退する方向まで示しています。県が「一緒にやろうよ」と声をかけて始めたこの事業にも関わらず、自らが手を引こうとして、「後のごみ処理は自分たちの地域で考えてね」というのが今の県の姿勢です。この日は、今後のごみ処理を全市的にRDFに頼らず一元化していく市としての方向性を明確に示させていただきました。現在は、三雲・嬉野地域、旧松阪市管内、飯南・飯高地域においてそれぞれごみ処理方法がばらばらなので、新しいごみ処理施設の完成をめどに一つの処理場での対応をしていくつもりです。そうなると、広域連合の他の町の負担は当然増加するため、それぞれの町も改めて具体的な方向性を考えていかねばなりません。県の方向性がまだあまりにもあいまいで無責任ですので、広域連合として県に対して今後の責任ある対応を求めていくことも確認いたしました。 この日はちょっと疲れ気味でしたので、夜には整体に行き、久しぶりに体のメンテナンスをさせていただきました。
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≪4月17日≫

松阪市副市長候補者市民公開選考会
(第2次選考)が始まりました。

最初は、5分以内の「自己アピール」

候補者が回答する様子は、議場のモニターに写し出され、傍聴の市民の方にも見ていただけるようにしました。

午後からは、2班に分けて2つのテーマで
「集団討論」(A班の様子)
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17日は、朝から夕方まで副市長候補者の公開選考会を行いました。市民やメディアの方々にオープンにした副市長選考会というのはこれまで他の自治体ではなかったものではないかと思います。私自身が市長としての行動すること、発言すること、そして決断することは市民の幸せや痛みに直結しているという緊張感は常に持っておりますが、副市長もこの市政のトップマネジメントに携わるなかで同様の責任が求められていますし、今後の松阪市に大きな影響が出ることは間違いありません。だからこそ、その責任を担っていただくうえで妥協することなくふさわしい人材を選ぶために、「市民」の皆さんに納得のいく方を選ばせていただくという思いで「公開」の選考会とさせていただきました。この日は、議会の本会議場と委員会室を使い、午前中は答弁台での自己アピールと選考委員と傍聴者からの質問に答えていただきました。午後からは、副市長、教育長と2人の部長を交えた集団討論を行っていただきました。
一次選考を通じて選ばれた16名の候補者のそれぞれが多種多様な経歴に基づく個性と能力を発揮いただいたように感じました。ただ、「それなりの人」や「なんとかやれる人」では駄目であり、「副市長として松阪市に必ず貢献できる人」を最終的に選考しなくてはなりません。この日の選考会終了後、協議した結果3人の方を3次選考に残させていただきました。この3人の方々とは徹底して本人の思いの強さと覚悟、そして副市長として市民の皆さんへどこまで入っていけるかということを確認させていただきたいと思っています。
夜の6時から9時までは、「まちづくりサミット」に出席させていただきました。この企画は、昨年夏の衆議院選挙前に三重4区からの立候補予定者に対してこの地区の首長から公開質問状を出させていただいたことを受けて、松阪青年会議所の皆さんが国会議員と首長、そして「現場」の方々を交えて討論会をしようと企画いただいたものです。政治家以外の各分野の方々から「現場」での声をまず聴かせていただき、その後、首長、国会議員がそれぞれの立場から話をさせていただきました。すべてのテーマに通じていた考え方としては、「住民の皆さんがまちづくりに一緒になって関わっていくことが大事!」ということでした。行政に「やって!やって!」というだけではなく、行政の活動の原資が皆さんの税金であるというなかで、まずは住民の皆さんが頑張ってもらえる土台を創り、みんなが一緒に考えて一緒に行動するという「まち」を目指し、ただそのなかでも「痛み」が大きく頑張ろうと思っても頑張ることができない方々へのサポートは最優先に行っていくということが不可欠だと考えています。国会議員2人と首長4人が集まって議論をさせていただくという場もなかなかありませんので、非常に貴重な機会となり実施をいただいた松阪青年会議所の皆さんには感謝申し上げます。ただ、テーマが幅広かった部分もあり、もう少し絞ったテーマでじっくりと議論をしたかったという思いもありました。また、今後このような議員、首長、そして住民が一体となって議論を深めていく場を多く創っていければ面白いのではないかと思っております。
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「集団討論」(B班の様子)
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松阪地域の住民・ 国会議員・4市町長が参加し、
地域のために共に考える「まちづくりサミット」で、
熱い議論が交わされました。
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≪4月18日≫

チャリティフラダンス発表会で「アロハ~」と挨拶させていただきました。
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18日は、民謡民舞の大会、フラダンスの発表会、しょんがい音頭の総会など人の心を楽しませてくれ、癒していただけるイベントに出席をさせていただきました。数年前に公開されたフラダンスをテーマにした「フラガール」という映画では、時代の変化により地域に元気がなくなってきた炭鉱の街がフラダンスを通じて活気づいてくるというストーリーでした。最初は、女の子がそんなダンスをするなんてはしたないとか、そんな都会的なものは地域になじまないとか批判をされ、住民の方々から反対の運動まで起こっていたのに、そのフラガールたちの熱い思いと情熱が地域の方々に次第に伝わり、地域全体が盛り上がっていったという実話に基づいた話です。今の日本においても、地域においても、景気が悪くなり、生活状況も厳しく、一方で行政としても税収が減り地域を活性化させていくための財源も厳しくなっています。そんなときほど、伝統文化に根付いた民謡民舞や明るく元気づけるフラダンス、松阪の歴史を語り継ぐしょんがい音頭などを通じて人の心が魅了され、幸せを感じられることが何より大切であるように思います。お金をかけて満足するのではなく、人の心のつながりを通じて満足度が高まるようなまちづくりを行っていこうと改めて確認させていただいた一日でした。
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オープニングは情熱的な赤の衣装で・・・
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魅惑的なフラにハワイの風を感じました。
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≪4月19日≫

「ラ フェスタ プリマベラ 2010 」
(農業公園ベルファームにて)

クラシックスポーツカーの祭典

近畿地方24箇所のスタンプポイントを通過します

市内の方も愛車で声援を・・・
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19日は、朝から農業公園ベルファームを通過するクラッシック・カーの祭典であるラフェスタ・プリマベーラ2010を見に伺わせていただきました。それほど車に関心のない私ですが、クラッシック・カーのエンジン音やその美しさに感動をいただくことができました。通過点には、多くのファンの方々も来られており、通過する車に大きな声援を送っていらっしゃいました。その後は、夕方まで今後の健康づくりの計画策定のあり方や観光誘客戦略についてなど各部局と具体的な協議を行っておりました。
夜は、「松阪の未来会議」のメンバーと関係した市の職員の方々と懇親会を持たせていただきました。未来会議は、昨年度に35名の公募による市民委員の方々に次期総合計画のあり方について考えていただいたものであり、最後に提案書を出していただきました。この過程においては、形式的な5回の会合だけではなく、委員の方々が自発的に土日や夜に集まっていただき、かなり熱心な議論を行っていただいたということでした。この日は、そのメンバーのうち27名と行政職員約10名、コーディネートをいただいた三重中京大学の先生方が集まりました。市民、行政、研究者が膝を交えて「熱い思い」を語りあり、これからの松阪を考える本当に素晴らしい時間となりました。最後に、これが「スタートライン」であり、今後もこの未来会議のメンバーで様々な取り組みを行っていくといっていただいたのは非常に嬉しく、心強くもありました。
政治家の方々に、坂本龍馬が好きとか西郷隆盛を尊敬するとか、自分は大久保利通になりたいとかいろいろと言われる方がいらっしゃいます。私は、あまり歴史上の偉人と呼ばれる人に強い関心を持つことができません。もちろん、歴史小説は大好きですし、それぞれの方が残した功績が今の時代につながっていることを否定するものではありません。ただ、明治維新が行われた時代背景のなかで農民や商人、または歴史の表舞台に出てこない方々こそがそれぞれの立場で一生懸命生きて時代をつないできた、そんな「現実」を忘れてはいけない気がします。最近の「日本を創る!」といった雰囲気の政治のあり方にはどうも協調することができず、ただ一方で今の政治のままではどうしようもないなあと感じる部分もあります。
松阪市長という立場での責任をしっかりと果たしながら、今後地方自治体の立場から「住民の痛みや幸せ」に寄り添うという立ち位置を守れる国政のあり方も提言し、行動していくつもりです。 暖かい春の日のなかで皆様方の心も「幸せのぬくもり」で包まれますように。。。。
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| 4月15日 |
| 『儚い人生だからこそ、人としての夢を生きていきましょう!』 |

松阪ガイドボランティア友の会

交通安全「子どもと高齢者の集い」
(松阪マームにて)

「夜間は反射材を着けて歩いてね・・・」

「春の全国交通安全運動」実施中

飯南・飯高の特産物がマームさんでも
買うことができます

嬉野宇気郷地区(市民懇談会)

平成3年まで子供たちの声が響く
宇気郷小学校現在は
公民館として地域の拠点に・・・
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皆さん、こんにちは。この「幸せ発見日記」でおなじみの市長室前のテラスにあるあんずの木が、若々しい芽を眩しく鮮烈な緑色に輝く季節となってきました。花が散ったら芽が育ち、次の世代を生み出していく準備をしています。人類の歴史が始まるずっと前から自然は、このような循環が同じように繰り返されてきたんでしょうね。そう思うと、改めて人の人生の儚(はかな)さとともに、そのなかを精一杯生きる人という存在の素晴らしさを感じます。「儚い」という字は、「人の夢」と書くんですね。儚い人の人生であるからこそ夢を見続けて、精一杯生きていくことこそ人間らしい生き方なのでしょう。。。
この日は、朝から祇園まつりに関わる団体やガイドボランティアの皆さんとまちづくりについての話し合いを行っていました。松阪が持っている素晴らしい歴史や観光資源をしっかりとみんなで協力して生かしていくことについて、お互いに熱く話をしておりました。3月末に「松阪まちなか再生プラン」を創り、今後のまちづくりビジョンを提示しましたが、今後これをたたき台にして一歩ずつ市民みんなで創り上げていく松阪市を目指していこうと考えています。
その後、春の交通安全週間におけるイベントの一環としての「子どもと高齢者の集い」に出席をさせていただきました。まつさか幼稚園の園児の皆さんにも参加をいただいておりました。「お父さんやお母さんが大好きな人~!」と聴かせていただいて、みんなが手をあげてくれたので、「その大切なお父さんやお母さんが交通事故で亡くなったら悲しいですよね」、また、後ろには家族の方々がたくさんいたので、「この元気な子どもさんの命をちょっとした不注意の交通事故で失うことを考えられますか」と聴かせていただき、「一人のいのちではない」ということを強く子どもたちの目を見て訴えさせていただきました。
このイベントの前日の夜にも交通事故により、25歳の若者のいのちが松阪市内で失われました。もともと儚い人間のいのちが失われるべきでないときに失われることの悲しさと切なさは、なんとも言いようがありません。それぞれの人の少しずつの運転するときの気づかいが、「不幸の連鎖」「悲しみの連鎖」を生み出さずに済んでいきます。改めて、これを読んでいる皆さんも交通事故にはぜひ気をつけてくださいませ。よろしくお願いします。
午後からは、夕方まで各部局と協議を行っており、夜には嬉野宇気郷地区における市民懇談会を行わせていただきました。嬉野宇気郷地区は、2つの自治会で構成されている非常に過疎高齢化が進んでいる地域です。人口は174人・101世帯であり、高齢化率は約65%と、嬉野地区平均である約25%を大きく上回っています。昨年の台風18号においては、松阪市内で最も大きな被害を受けたところでもあり、私も当時すぐに状況視察に伺いましたが、土砂崩れや橋の陥落、道路の崩落、床上浸水など非常に住民の方々にとってはつらい「現実」を強いられておりました。高齢化の波や自然災害など厳しい環境にありながら、この地域における独自の地域活性化への取り組みには、心から敬意を持たせていただいております。この日も60名ほどの参加者がいらっしゃいましたが、これまで20回を重ねてきた市民懇談会のなかで、「住民の出席率」という意味では断トツの一番です!約3分の1の方々が市政に強く関心を持っていただき、今後の地域づくりのあり方について一緒になって熱心に話し合うことができた素晴らしい時間となりました。宇気郷まつりややまゆりの保存など地域独自の取り組みをみんなでやってこられていた精神を、今後次の世代にまで伝えていただけることを私たちとしても懸命に応援していきたいと考えています。皆さんの素敵な笑顔と地域への熱い思いに元気をいただくことができました。
テラスの若芽は、前日よりも明らかに緑が輝くようになってきました。昨日よりも少しでも人間として美しく素敵に輝けるように、他の人の幸せに少しでも関わっていけるように、皆さんの輝きを見て嬉しさを感じることができるように、日々を過ごしたいものですね。テラスのあんずに負けないようにしなくては!皆さんの明日の笑顔がますます輝きますように。。。。 |
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| 4月9日~4月14日 |
| 『どんな環境でもまず「歩く」そんな日々を過ごしたいものです。。』 |
≪4月9日≫

なめり湖畔にて

「企業の森」松阪市では二例目となります

「森林の整備を社会全体で支えていくため、
協働して活動にとりくんでいきます」

「エリカ」
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皆さん、こんにちは。気温の変化が非常に激しい今日この頃ですが、皆さんのお体の具合は大丈夫でしょうか。12日は、息を「はぁー」と吐くと白くなるほど凍えるような一日でしたが、翌日にはまた暖かい日が戻ってまいりました。この週末は、休みをいただいて私用で東京に行っていたのですが、ここまで寒くなるとは思っておらず、薄着で行ってしまったので少し風邪を引いてしまいました。。。自己管理の甘さを痛感いたしました。今の季節の気候変化の激しさには、皆さんもどうかお気をつけてくださいませ。
9日は、朝からまちづくりに関わる案件について、関係部局と諸団体との協議を行っておりました。その後、県庁に伺わせていただき、「企業の森」事業の調印式に出席いたしました。「企業の森」事業は、県がコーディネートしている事業であり、民間企業が県内各地域における植栽・間伐などを通じて森林環境の保全に貢献をしていただける、関係自治体としては非常にありがたい話です。今回は、神奈川県の事業者が松阪における10ヘクタールの森林保全にご協力いただけるということになりました。この日記でも何度か書かせていただきましたが、「森を守る」ということはその地域だけの問題ではなく、土砂災害を抑止し、水を綺麗に保ち、下流における海産資源の富栄養化にも資するなど、多くの公益的な意味を持っています。ただ、森林環境を維持する後継者の不足や木材の需要減少などにより、「材木のまち」松阪も今は間伐をされずに荒れている森林が非常に増えております。今回のような民間事業者の協力はもちろんありがたいことですが、市としても計画的に森林を守り、次の世代に伝えていく様々な取り組みを進めていかねばならないと思っております。
この日の夜には、熊野市で「今、市民が求める市長と議会の関係」というテーマで講演とパネルディスカッションをさせていただきました。パネルディスカッションにおいては、熊野市議と新宮市議の方々と話をさせていただいたのですが、非常に意識が高い方々であり、私自身も学ばせていただくことが多い会合となりました。パネラーの新宮市議会の方は2度の議長経験者でありながら、議会運営に対しての「自己批判」をされており、本来ならばもっと議場において市民に見える議論をして、そして市民から声を「議会」として聴く取り組みをしていかねばならないと話しておられました。議会は議会として精一杯頑張ることが行政をたくましくするし、逆に議会が頼りなければ行政もその現実に甘えて向上しようとしない。どちらも「市民の幸せのため」という共通の方向に向かうなかで、互いの運営が楽になる甘え合った共同歩調を取るのではなく、互いに市民から厳しい目線で見られる厳しい緊張関係のもとでの共同歩調を取っていかねばならないということも確認し合うことができました。この日は、熊野市周辺自治体の議員の方々も出席されており、非常に充実した会合となることができました。
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≪4月10日≫

なめり湖桜祭り会場遠景
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10日は、朝から松阪市歩こう会の総会、なめり湖桜まつりなどに参加をさせていただき、その後少し市役所に戻って仕事の整理をさせていただいておりました。なめり湖周辺の桜はちょうど満開であり、多くの方々が桜を感じて楽しまれておりました。この一瞬の美しさが皆さんの幸せを創り出す、その自然の素晴らしさとそれを幸せにつなげる人間の叡智に感動します!
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会場で出会った皆さんと

かわいい赤ちゃんとパチリ!

店番をさせていただきありがとうございました。
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“ちゃちゃも”も徐々に浸透しているようです

売り子をさせていただきました

そばがきと桜茶、風情がありますね
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11日は、朝から東京に向かいました。先日の日記にも書かせていただいたのですが、私の人生に大きな影響を与えた「恩師」であった岸田袈裟さんという女性が亡くなられ、その「お別れ会」が東京プリンスホテルで行われたので、急遽出席させていただきました。お別れ会には、岡田克也大臣も出席をいただいておりました。
2004年にケニアの「現場」で、岸田さんとともにエイズの拡大抑制と医療ケア、孤児支援の活動などに従事させていただきました。貧困で生きていけない子どもが売春をする、親が生まれた子どもの腕や足を切って物を乞わせる生き方を強いる、水も電気も教育環境も仕事も何もない現場で活動していると、常に「無力感」に苛まれます。岸田さんは、ケニアのそのような「無力感」が必ず生まれる環境のなかで、何十年と住民の方々とともに「できることをやる」「自分自身が楽しみながら活動をする」スタンスを崩さずにされてきた方で、私が心から尊敬をさせていただいた方でした。決して「聖人君子」というような方ではなく、非常に人間らしく、わがままなところも常に見せていただき、人から嫌われて敵をつくってしまうタイプでもありました。それでも、誰もがその「すごさ」を感じ、心の奥底の深い優しさと慈愛を感じ、人間としての「原点」を見せ続けてくれた方でした。私のような未熟な人間を未熟と分かりながら信用してくれて、全面的にプロジェクトの企画を任せてくれて、まともに英語も現地語も話せない人間を「現場」へ一人で放り込んで仕事をさせていただきました。仕事の結果が出るまでは、細かく報告を聴かず、指示も出さない人でもあり、経過はともかく「結果」と「実績」だけ示せ、という上司でもありました。おかげで枠に縛られず、経験の無さを生かした幅広い無鉄砲な活動と人脈を自分自身で創り上げていくところから始めたので、現地からかえって信頼を受けることもできました。そのような「結果」を最初から見通して、人を使うことができる勘の良さと人間の大きさはマネしようとしてもできるものではありません。
プロジェクトを立ち上げた翌年に、当時民主党の代表を辞めて間もない岡田克也議員と森本哲生議員に「ぜひ、世界のなかで最も厳しい現実のひとつを一度見て欲しい」という話をさせていただき、ケニアにおけるエイズの現状やそのなかで「生きる」人々を見ていただくことができました。そして、そのなかで現地に根付いて長年活動していただいている岸田さんにも会っていただきました。岡田議員は、当時からケニアのみならず多くの厳しい生活環境や政治背景を持つ途上国を訪れており、非常に「現場」に対して真剣に関わられる方でした。決して国会議員としての特別待遇で案内したわけではなく、湖の水で入れたお茶を平気で飲み、スラム地域の子どものなかに自然に入っていける方でした。今、普天間飛行場のことなど、なかなか政権の方向性として外交の指針が定まらない部分がありますが、歴代外務大臣のなかで世界の「現実」に最も生に触れられている岡田外務大臣に対しては、非常に期待をしております。岸田さんの「お別れ会」に顔を出していただいたのも、世界中の「現場」での思いに寄り添えるような外交をしていこうとする岡田議員の気持ちが伝わってきたような気がしました。
私も岸田さんから受けた「現場」での魂を持ち続け、どの仕事にも「現場意識」で人の痛みに関わっていける市長として頑張っていこうと改めて強く自分自身の覚悟をいたしました。
「お別れ会」が終わったあとも当時一緒に活動した仲間と過去の思い出を話し合うだけではなく、日本中で活動されている同志の方々と今後どのように協力をしあって「誰もが幸せを分かち合い、支え合える世界」に向かって頑張っていこうかという話を熱く時間を忘れて語り合っておりました。一人の人間としてできること、一つの団体でできること、一つの地域でできること、日本という一つの国家ができること、どのできることも「やろう」という思いからすべてが始まり、動き出します。みんなで少しずつ動いていけばこの社会は変わっていくし、ちょっとした相手への思いやりの集まりがこの世界をあたたかくするような気がします。
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≪4月13日≫

阪内川新松阪大橋上流左岸
(親水公園はなぞの広場)

「第10回殿町中学生鯉吹かし」
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13日は、朝から市政取締役会を行い、それぞれの部長からこの一週間の部局における報告と今後の課題などに関して話をしていただきました。途中で、私と副市長の30分以上に渡る議論も含めて2時間超の長丁場の会議となりました。この市政取締役会においては、今後も部局を超えた松阪市全体のあり方を考えていければと思っておりますし、各部局の大きな課題や現状を各部局長が全体として把握していることの意義は大きいと感じております。
その後は、夕方まで各部局との協議が行われておりました。途中で、今年で10回目となる殿町中学校鯉ふかしを見に行きました。この行事にあわせて中学生が河川の清掃活動も行っておりました。昨年は桜吹雪が見事に舞散る中での素晴らしい光景でしたが、この日は残念ながら前日の雨でほとんど散り去っておりました。ただ、地域と学校と子どもたちが連携して素晴らしい行事を創り上げている、そのみんなの気持ちそのものが桜のような心地よさと美しさを感じさせていただきました。この行事が30年後も50年後も続いていくことを心から祈っております。
夜は、港地区市民センターで市民懇談会を行わせていただきました。毎回この懇談会では、時間いっぱいまで多くの方が思いを込めて質問をいただけることが本当にうれしく感じております。終了後のアンケートも住民協議会の意義がよくわかった、懇談会に満足したという回答が非常に多くなっており、今後も続けながら市民の皆さんの声を真摯に市政に反映していける場にしていければと考えています。 |

河川敷の清掃活動

「きれいになって行くのは気持ちがいいですね・・」

市民懇談会(港地区市民センター)
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地域の方々とのふれあいも思い出の1ページに・・・

全校415名でお疲れさま~!
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≪4月14日≫

松尾地区公民館主催による行事「亀楽会」
(老人福祉センターにて)

「暮らしにユーモアを」伊勢市の
大形さんの公演も・・・
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14日も朝から来客と協議などで一日を過ごさせていただきました。年度初めということもあり、各部局の担当者にかなり厳しく話をさせていただくこともあれば、逆にちょっと様子を見せていただいて、敢えて私の思いを抑えている場合もあります。私は最初に大きな方向性については話をさせていただくものの、基本的には現場に近い各部局で「考える」ことを期待して話をさせていただきたいと思っております。もちろん、具体的に期限を定めてこれをやって欲しいということも少なくないのですが、市民の思いや市役所の担当者の思いをしっかりと聴かせていただいたうえで、私が「責任」を取れる決断をしたいと考えています。私の思いが大切なのではなく、「市民の幸せ」が大切なのであり、それに必要な「手段」としての政策立案や行政運営を行っていくことが行政としての責任です。市役所全体で、そして市民全体で頑張っていきたいと思っています。
最近、太宰治の本を読みかえしているのですが、昨日は「一日の労苦」という短いエッセイを読んでおりました。次のような一節がありました。
「鎖につながれたら、鎖のまま歩く。
十字架に張りつけられたら、十字架のまま歩く。
牢屋に入れられたら、牢屋を破らず、牢屋のまま歩く。」
どんな環境でも、その環境を受け入れて「まず歩く」そんな気持ちが大切なんだろうなと感じます。歩きましょう、感じましょう、そしてまた歩きましょう。そんな気持ちを忘れずに、皆さんとともに明日も一生懸命頑張ることができれば幸せです。
皆さんの明日が、どうぞ暖かい幸せに包まれる一日となりますように。。。。
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60歳以上の約90名の方々がご参加
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三重高校野球部さんには多くの感動を
いただきましたね・(沖田監督・垂髪校長)
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| 4月7日~4月8日 |
| 『 「生きる幸せ」の花が皆さんに咲き誇りますように。。。』 |
≪4月7日≫

水仙

三重県茶業会議所役員のみなさんが
おこしになりました

東黒部さくらまつりでの募金を
ご寄附いただきました

食生活改善推進協議会三雲グループ総会

講演の前に推進員さん手作りの「ゆずタルト」で・・・
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皆さん、こんにちは。未来にまで突き抜けていくようなそんな青空が広がる数日が続きましたが、いかがお過ごしでしょうか。心に安らぎと温かさを与えてくれる「青空」って不思議なもので、これがもし「緑空」や「群青空」、「紫空」だったらもっとこの世の中がぎすぎすしていたかもしれませんね。人類の歴史のなかで、世界中の各地域でつらいときや苦しいときに「青空」の広がりを感じることで気持ちが救われる方々も少なくなかったのではないでしょうか。この青い空のもとで、誰もが生き生きと元気な世界が次の世代まで、未来までつながっていくことを期待しますし、そのようにみんなで頑張りましょう。
最近、太宰治の「ヴィヨンの妻」を移動中に読み直していました。子供のころから太宰治の小説が好きで、私が小学校高学年ぐらいのときに初めて「人間失格」読んだときに「道化師」を振る舞う主人公に子ども心になんだか共感を覚えた瞬間をいまでも思い出します。私の短い人生ですが、今となってもその人間失格の主人公が大人になったときの価値観や心情を共有することもよくあり、「自分の弱さ」や「人間という存在のはかなさ」を自覚させていただきます。太宰作品で私の一番好きな小説が「ヴィヨンの妻」で昨年は映画化などもされていました。女好きでお金にだらしなくて、嘘つきでどうしようもない夫とその現実に「素直に」向き合う妻との短編小説ですが、改めて読み直すといろいろと感じさせられるものがありました。
「さっちゃん、ごらん、ここに僕のことを、人非人(にんぴにん)なんて書いていますよ。違うよねえ。」と夫が話すと、妻が「人非人でもいいじゃないの。私たちは、生きていさえすればいいのよ」と答える部分がこの作品を象徴しているように思います。「生きる悲しみ」「生きていく苦しみ」を抱えながら、その心情を素直に表現し続け、生きることに価値を見出そうと模索していた太宰治は39歳で自ら命を断ちました。この小説のなかで、「わが身にうしろ暗いところが一つも無くて生きていく事は、不可能だと思いました」という言葉があり、「人間三百六十五日、何の心配も無い日が、一日、いや半日あったら、 それは仕合せな人間です。」という言葉がありました。人間って誰もが、苦悩を抱え、そして後悔をして、そのなかでも何とか生き抜いて「当たり前の幸せ」を感じようともがく生き物なんだろうなと思う今日この頃です。
最近、自分で自分のいのちを断つ、または自らの子どもを殺してしまう、そんな事件も続いていましたが、誰もが「生きる」ということの価値を改めて大切に考えて、桜が舞散る季節ですが「幸せ」の花が咲き誇るようにみんなでもがいて頑張っていける社会にしていかなくてはと感じています。
7日、8日は、写真で紹介をさせていただくいくつかの行事を除いて市役所で各部局との協議やたまっている書類の整理、外部から頼まれている文章の作成などを行っておりました。この時期は、ちょうど年度が替わって各部局の皆さんが新しい体制をつくり始めている段階で、3月までと比べて市長室での「協議」が今のところ非常に少なくなっており、こちらから各部局に「宿題」を出した部分の回答待ちをしているところでもあります。「市長への手紙」への返事や外部から依頼されていた文章などたまって仕事をこなすことができるちょっとした時間の余裕もこの数日はできております。
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食を通して健康づくりを広めていただいている
ボランティアさん達です
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食をしているのでしょうか
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≪4月8日≫

伊勢山上開山式(飯福田寺にて)

ここに霊場1300年の歴史があります・・・
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8日の夜は、飯南町粥見での市民懇談会に出席をいたしました。この4月、5月は週2回から3回は夜に市民懇談会を行う予定になっており、しっかりと市民の皆さんの声を聴かせていただく「強化月間」とさせていただければと思っています。今年度は、新しい「コミュニティ推進課」という位置づけで住民協議会設立に向けた組織体制も強化いたしましたので、しっかりと各地域の住民の皆さんとともに地域の個性が輝くことができるように取り組んでいかなくてはと思っています。
20代の前半ぐらいまでは、私も太宰治のように「生きる喜び」というのがどこにあるのかよくわからないままに、「生きる寂しさ」だけを世の中の当然と考えてその場を走り続けていたように思います。ただ、今は「市民の幸せ」という明確な喜びが目の前にあり、またそれを一緒に実現していこうとする市民や職員の方々がいるという嬉しさが人生のなかに大きく位置づけられていることが本当に幸せだなあと感じます。
皆さんがいつの時代でもどの世界に住んでいても当たり前のように「生きる幸せ」を感じられるような、そんな「人」であふれる社会になっていけばいいですね。みんなで創っていきましょう。今日もありがとうございました。皆さんの明日が幸せでますます輝きますように。。。。。 |

紫燈大護摩

海外のお客様も興味深く日本の文化に
触れておられる様でした

飯南粥見地区市民懇談会
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市民の幸せを・・・

松阪市視覚障害者福祉大会
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| 4月2日~4月5日 |
| 『散りぬべき時知りてこそ 世の中の花も花なれ人も人なれ』 |

散りぬべき時知りてこそ

嬉野振興局

三雲振興局

飯南振興局

飯高振興局
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皆さん、こんにちは。3月末からちょっと寒い日が続いていましたが、週明けから春の陽気が感じられるようになってまいりました。季節の変わり目で体調も壊しやすい時期ですので皆さんどうかお体だけはご自愛くださいませ。
この週末は各地で桜の花も満開となっており、多くの方々の心を和ませていました。日本の歴史のなかで様々な環境や出来事があったでしょうが、どの時代にもずっとこの花が人の心に潤いをあたえ、人々の働く元気や生きていく希望にもつながっていたように感じます。桜の花においては、「散りぎわのいさぎよさ」も日本人の気質にあっており、魅力を感じさせてくれているのではないかと思います。
「散りぬべき時知りてこそ 世の中の花も花なれ人も人なれ」という歌は、明智光秀の三女であり、細川忠興の妻となった細川ガラシャが時世の句として詠んだものです。桜の花は満開に咲いたその後におしげもなく、その美しさを散らしてしまい、次の年に備えます。その桜の満開のときが決して長い期間ではないからこそ、そしてその美しさを感じられる時間も一年のほんの一時でしかないからこそ、人はそこに感動を覚えるのでしょうね。ガラシャ夫人は、本能寺の変の後に父光秀が信長を殺したという事情のもとで、世間体を気にした夫から幽閉されてしまいます。その後、関ヶ原の戦いで夫忠興が東軍についたときに、ガラシャは西軍の石田三成によって人質として大阪城に入るように強要されました。愛する夫から幽閉されても、その夫の足手まといになってはいけない、夫のために生きることが自分のつとめという思いを持つなかで、家臣に自分の胸をやりで突かせました。その際に詠んだ歌が上記のものです。
限られた寿命を持つ花がその期間に精一杯咲き誇るから美しい、散りぎわのいさぎよさがその美しさを際立たせます。人間の生き方においても、誰もが限られた人生のなかで誰かを真剣に愛し、一度きりの人生を後悔なく精一杯生きて、そして自分の人生の「筋」を通すためにいさぎよく散ることを惜しまない、そんな人生を送ることができれば幸せだと思います。いつでも「散る」そんな覚悟を持って松阪市民の幸せのために精一杯頑張ることを約束いたします。
5日、6日は、新しく組織が変わるなかでの今後の各部局と具体的な方向性を打ちあわせたり、新年度における初めての部長会議を行うなかでこの22年度の全庁的な取り組みについて各部長の積極的な意見交換の場を持たせていただきました。部長会議は、今後「市政取締役会」とさせていただく方向を打ち出させていただきました。これからは単に担当部局だけの問題を担えばよいという意識ではなく、市政全般への意識を各部長が「市政の取締役」として横の連携も深めていくなかで「市民の幸せ」という軸だけをしっかりと持って対応を図っていって欲しいという話をいたしました。また、メディアへの情報提供という視点においても「攻めの広報」という意識で、市役所としていいことをしているからそれでよしではなく、市民の方々に行政が着実に進めていることや逆に進めることをやめることについてもしっかりと市民に公開をしていくことで批判や意見をしっかりといただく体制をつくっていくということを確認しました。市民の声無くしての行政運営はありませんし、行政が方向性を確定してからの「説明会」というスタンスではなく、市民と一緒になって市政を創っていくということについては徹底していかねばならないと思っています。すべての新しい「取締役」の皆様方が市民の「幸せ」や「痛み」の現場にしっかりと寄り添う気持ちが持てる行政運営に向けて今後喧々諤々の議論を深め、全庁的に実行していく体制を創っていかねばと考えていますし、期待しています。
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≪4月6日≫

「ちゃちゃも」が交通安全大使に任命されました。

「春の全国交通安全運動」実施中(4月15日まで)

今日から新入生とともに旧仁柿小の皆さんが通う
「柿野小学校」
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6日には、粥見小学校と柿野小学校の二つの小学校で統合の記念式典が行われました。3月には、柿野小学校と合併をして閉校となった仁柿小学校の閉校式典にも参加をさせていただきましたが、同じく閉校した有間野小学校の地域の皆様ともども非常に寂しい思いであったことと感じられます。これまで、過疎が進む地域のなかで小学校の存在は地域の皆さんを結びつける拠点のような存在にもなっておりましたし、地域の方々の様々なこれまでの思い出が詰まった小学校が失われることへの気持ちを慮ると複雑な気持ちになります。この日の統合式典で子ども達が「学校が一つなくなったのはさびしいけど、お互いの学校の良さをもっと広い地域で感じられるようにしたいし、新しい仲間が増えることも嬉しいです」という思いを話していました。一つの学校がなくなったと考えるのではなく、一つの学校に詰まった思いを新しい学校に受け継ぎ、そしてその思いがこれまでの地域を超えて広がっていく、そんなスタートの日になったのではないかと思っています。今後は、私たち行政としてもこの地域のよさがこの日の子どもさんが大人になって、その子供さんの子どもさんが学校に入学する時代までしっかり繋げていくように頑張らなくてはと思います。
花が散ってしまう寂しさ、人がいなくなる寂しさ、自分が創ってきたものが壊れてしまう寂しさ、「失うことの寂しさ」は時代が変わっていく中で誰もが感じることであり、またそれを受け止めて次に進んでいくことができるのも人間の持っている素晴らしい特徴であると思っています。美しさはその美しさを守ることが目的になったときに、その美しさが消えてしまうのかもしれません。一人の人間として生きていく「魂」を純粋に貫くこと、人の評価ではなく「自分に」だけは恥じない人生を送ること、そのなかに結果としての美しさがあるのかもしれません。
皆さんの明日が「美しく」輝ける一日になることを心からお祈り申し上げます。。。
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柿野小学校で旧仁柿小学校との統合の式典が
行われました。

粥見小学校では、旧有間野小学校との統合の
式典が行われました。

新年度初めての部長会議です
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今日から新入生とともに旧有間野小の皆さんが
通う「粥見小学校」

粥見小学校では、テレビ局によるインタビューも
行われていました。

事務局を受け持つ戦略経営課
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| 4月2日~4月5日 |
| 『変わらない自然の大きさのなかで、『日々新たに』生きていくということ』 |
≪4月2日≫

感 性

ワールドアルテプロジェクト「国際小学校美術展」
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皆さん、こんにちは。年度が新しく始まるなかで皆さんにとって気持ちのいいスタートを切ることができましたでしょうか。私の今年のテーマは「日々新たに」ということです。就任してから1年2か月が経過して、早いものだと感じてしまう自分がいます。一日一日、そしてそのなかでの一瞬一瞬をもっと大切にしていれば「早いものだ」と感じてしまわないのかもしれません。「慣れ」を感じてしまわないほどに「慣れ」てしまうことは、本当に怖いことだと思っています。毎日毎日が一度きりの人生で2度と戻ってくるものではない「自分自身の人生」だけに、「日々新たに」という気持ちを持ち続けようと考え、そして少しずつ動こうしている今日この頃です。昨日とは違う自分が今日はいて、明日にはまた今日の自分より少しでも前に進んでいる、自分との競争心を常に持ち続けられる毎日を送っていけるようにしていくつもりです。その結果が、少しずつでも松阪市民の皆さんの「幸せ」につながっていかねばなりませんし、その「幸せ」の輪が一人ひとりの心に、そして次の世代に「新たに」広がっていく街になっていければ嬉しく思います。
4月2日は協議や来客対応、式典への出席などで終始した一日でした。午前中に出席させていただいたワールドアルテプロジェクト「国際小学校美術展」は、四カ国の小学生が「ルネサンス」という共通のテーマで描かれた作品が展示されておりました。昨年も見に伺わせていただいたのですが、今年もどの国の子どもたちの作品も、それぞれの「育った環境」「地域文化」の影響を強く受けていることを感じさせられる一方で、世界中のどこでも共通して子どもたちの柔らかな感性と自由な「枠のない」発想力に、非常に感銘を受けました。大人になると見えなくなってしまうものも見えている、大人になるとつくってしまった「枠」を簡単に飛び越えてしまっている、そんな感想を強く感じ、この感性のままで育っていただいて、次の世界を明るく元気にして欲しいと願わずにはいられませんでした。
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「ルネッサン期の代表作」をテーマに・・・

交通指導員委嘱式
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イタリア文化のコーディネーター
Dr.ジョパンニさん(左)

第20回宣長杯チャリティゴルフコンペで
本居記念館と市へ高額の寄付をしていただきました
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≪4月3日≫

岐阜まつり宵宮にお招きいただきました

岐阜市内唯一の「町神輿」木造町 出立式
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3日は、岐阜市に伺わせていただき、細江茂光岐阜市長とゆっくりと国政の状況やこれからの地方のあり方についてなど話し合いの場を持たせていただくとともに、この日に行われた岐阜まつりを案内していただきました。細江市長は、昨年松阪市で行われた祇園まつりに法被を着て、みこしの担ぎ手として参加をいただいており、この日はその「お返し」に松阪の三社みこし世話人会の方々と一緒に、岐阜で私もみこしを担がせていただきました。この岐阜まつりには、松阪三社みこしの関係者の方々とともに松阪太鼓や響座の皆さん方も参加をしており、まつりを大きく盛り上げていただいておりました。細江市長からも「毎年参加いただいている松阪からの太鼓は、この岐阜まつりの目玉のような存在になっている」と感謝の言葉をいただき、お互いの市民間の交流と地域間の連携でまつりを盛り上げることができていることを、本当に嬉しく感じさせていただきました。肌寒い一日のなかでみこしの練り込みは夜の9時半ごろまで続いておりましたが、担ぎ手と市民の皆様方の熱気で寒さを吹き飛ばしていたように感じました。この日、松阪市に戻ってきたのは、深夜0時ごろとなり疲れていたのですが、何だか気持ちのいい楽しさが心に残る一日となりました。
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松阪の「響座」が木造町さんの依頼で
「鳴り物」を務めます

迫力の「松阪太鼓」

祭りにはなをそえる岐阜芸妓連さん

松阪担ぎ手の皆さんと

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町会の人たちが早朝より祭りを支えます

細江市長さんと

「驀」

岐阜市重要有形民族文化財指定

岐阜・松阪の市民同士の交流は
本年で15年になります
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≪4月4日≫

松阪市ろうあ福祉協会総会が行われ、私も
手話であいさつを試みました。

東黒部町「中の川堤防」の桜並木

東黒部地区の皆さんと一緒に中の川の桜を
楽しませていただきました。
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4日は、朝の9時半からろうあ福祉協会の定期総会が行われ、私も少しかじって覚えた手話を使って挨拶をさせていただきました。昨年度末にろうあ福祉協会の皆さんとは意見交換の場を設けさせていただき、その場で皆さんのいのちに関わる問題や日々の安心につながる問題については、可能な限り早急に対応することを約束いたしました。この日も、皆さんから先般の意見交換のことについても改めて話をいただき、そのときの「約束」を具体的にしっかりと進めていくことを確認させていただきました。先日の「みみの日」に手話を勉強するDVDと書籍を購入したのですが、まだなかなか十分には覚えることができていません。耳が聴こえない方々にとって手話は、自分たちの「思い」を伝える手段ですので、私も少しでもその思いと「直接」関わることができるように努力したいとも思っています。
その後は一日、「宣長まつり」のほか各地域で桜の花の下で行われる各種イベントに参加をさせていただきました。奥香肌をはじめとして、どの地域の桜もちょうど満開を迎えており、薄いピンクが広がる世界に何だか心をゆったりと癒される気持ちに導いていただいておりました。何千年という間、日本人が多くの豊かな文学をはじめとする独自の文化を生み出してきた原点は、この恵まれた自然環境とそのなかで暮らすことができる「豊かさ」であったように感じます。「日本に生まれて良かった、それを感じられる人間であって良かった」と、ふと思う一日となりました。
長年の間、同じように繰り返される人類の歴史、または日々の人々の現実の生活を桜の花はどのように見てきたのでしょうか。歴史のなかで多くの人々を癒してきた四季の暖かさが「変わらないもの」として繰り返される一方で、その時々に生きている人間は一度きりの人生に多くのものを抱えながら誰もが「日々新たに」過ごしていきます。毎日が「日々新た」であることを改めて意識をしながら、そこで生きるさまざまな幸せを心の底から感じて生きていきたいものです。
今日もありがとうございました。皆様の優しさが桜の花のように暖かくこの世界を包み込む幸せとして広がっていくことを心から願っております。。。 |

地域のあらゆる活動を支えていただく衝動団の
皆さんです。本当にありがとうございます。

2010年度の「クイーン松阪」のお二人です。
1年間、松阪のPRをよろしくお願いします。

松阪公園内の「桜松閣」ではお茶会が
催されていました。

「局ヶ岳」にも、宮前まちづくり協議会の
活動拠点が開館しました。

どこに行っても「ちゃちゃも」は
子どもたちの人気者。
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満開を迎えた松阪公園の桜の中で
「宣長まつり」が行われました。

御城番屋敷を隠す松阪公園の桜です。

抹茶で、ちょっと一服させていただきました。

宮前まちづくり会館の隣には、
「小津安二郎資料室」があります。

蓮ダム津本公園の桜は、太陽の光をさえぎる
ほど咲き誇っていました。
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