| 7月8日~12日 |
| 「「LIVE(生きる)」にまっすぐでいられますように。。。。」 |
≪7月8日≫

鳩山議員をはじめとする議員連盟へ
競輪問題の要望書を提出しました

小規模競輪場施行者連絡協議会
平成21年度総会
≪7月9日≫

長年にわたる公民館活動に努力された方が
表彰を受けられました

県内各地からようこそおこし頂きました
(三重県公民館大会)

臨時記者会見
(訪中報告)
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皆さん、こんにちは。暑い日が続く中ですが、夏バテせずに元気にお過ごしでしょうか。厳しい暑さに見舞われる夏や凍えるような寒さに包まれる冬がある一方で、秋には心にも広がっていくような紅葉の美しさがあり、春には桜や梅など暖かい色どりが街全体を覆い尽くします。そんな日本の四季が私は大好きです。そして、今も夏の暑さのなかで過ごし、そのなかでいろんな瞬間に日本らしい美しさを発見すると「生きている」という実感を強く持たせていただきます。
英語では「LIVE」という言葉で日本語の「生きる」を表現しますが、言葉を裏返すと「EVIL」となり、「邪悪」「邪心」「害悪」という意味になります。「生きる」ということの裏返しには、そのなかに潜む邪心や害悪のようなものが常に潜んでいるということなのかもしれません。一度しかない自分の人生を生き抜く中で、人間である以上必ずしも常に誰にとっても「正義」や「善」なるものとして生きているわけではありません。善なるものとして生きているつもりでも、他の人にとっては「邪悪」な存在であるかもしれません。私は「永遠の偽善者」であればいいと思っています。市長という職責のなかでは「市民のため」という絶対的な思いのもとで懸命に頑張らせていただいているつもりですが、人間として「善」なる存在か、品行方正な人間かといわれると「到底そうとはいえません」と言わざるをえません。人が善なのか悪なのか、自分自身で評価するものではなく、懸命に「生き抜く」なかでその評価は周りがするものであるし、懸命に生き抜くことが何より大切であると思っています。私は、今は「皆さんの幸せ」を自分の幸せと感じることが生き抜かせていただくことの原点であると考えており、人間としての「邪心」や「欲望」なども多分に含まれている「当たり前の人間」として精一杯頑張らせていただきます。ただ、その「EVIL」が心を支配してしまい、表に出てきていつのまにか「D」がついてしまうと「DEVIL(悪魔)」となってしまいます。「邪悪」な心を邪悪と認められて表立っては頑張って善なる行動をしようとしている「偽善者」であるうちは人間らしいですが、いつのまにか「悪魔」として「LIVE(生きる)」ことにならないように気をつけなくてはいけません。一生に一度しか自分として生きれないことを考えると「生きること」のまっすぐさを失わず、気持ちが裏返ってしまわないように、自分の良いところだけではなく悪いところ(EVILな部分も)も「自分らしさ」と受けとめながら精いっぱい生きていくしかない気がします。
8日は、朝から公務で東京に向かいました。この日まで、全国小規模競輪場施行者連絡協議会の会長を務めさせていただいており、会長としての最後の仕事として競輪事業に理解が深い鳩山邦夫前総務大臣らへ強く事業振興に対しての要望を行うということが本日の主な仕事でした。まず、東京の有楽町駅近くにある全国競輪施行者協議会に寄らせていただき、函館市の副市長をはじめ、全国の小規模競輪がある自治体幹部の皆さんと打ち合わせをさせていただきました。
その後、国会への要望時間まで時間があったため、外務省を訪れさせていただき、先般の中国訪問においてお世話になった日中経済室へお礼と今後の商標問題進展に向けての具体的な要望も行わせていただきました。すでに、日中経済室の皆様は今回の交渉の成果について中国側から連絡を受けているということで、「前向きな展開」が期待できるということと外務省としても「ナショナルブランドとしての松阪牛」を守ることについてしっかりと頑張らせてもらうとの言葉をいただきました。日本で一番有名な地域ブランドである松阪牛ブランドの商標を守っていくことが、他の地域のブランド力を守ることのモデルケースになるともいっていただき、松阪の今後の取り組みにも期待をしていますともいっていただきました。松阪の歴史と伝統を背負った松阪牛ブランドをしっかりと守っていかせていただきます。
外務省から議員会館に向かい、そこで全国の競輪事業を抱える地域の知事、市長や市議会議長の皆様と合流をして、鳩山前総務大臣をはじめとした自民党の競輪事業に関わりが強い議員の皆さんに現在の地域の実情など話をさせていただき、具体的な要望書を提出させていただきました。前橋など大規模競輪を抱える市長さんも現状の苦しさを強く訴えておりましたが、私たち松阪や函館のような「小規模競輪事業者」はそれ以上の切迫した財政的な現状を改めて強く訴えさせていただき、鳩山議員からは「今日要望されたことを実現することを考えると総務大臣をやめなきゃよかった。ただ、これまで培ってきた官僚との人脈を最大限にいかして今日の要望事項は必ず実現を約束する」という心強い言葉をいただきました。鳩山議員は、松阪のこともよく知っておられ、地域で有名なホルモン店の話題なども皆さんの前でふりまいていただきました。
要望後は、再び施行者協議会に戻り総会を開きました。総会において、鳩山議員らへの要望したことを報告させていただくとともに、任期に基づく会長職の函館市への異動を承認していただきました。総会のなかでは、各小規模競輪を抱える自治体の皆様から地域の実情の厳しさや今後の具体的な取り組みについて活発な意見交換がなされました。夜の9時頃まで途中で食事を交えながら活発な議論がなされるとともに、各地域での今後の大きなレースの紹介などもありました。私も初めて全国各地の競輪を抱える自治体の方々と話し合うことができましたが、どの自治体も市民からの賛否両論の声のなかで事業の推進か撤退かという選択を迫られていると共に、現実のなかで最大限の市民サービスという視点からの努力をしていることが感じられました。松阪市から同行した職員も改めて松阪競輪の活性化に向けての意気込みが生まれたのではないかと思っております。
競輪事業者との会合後は、これまで市政運営においてお世話になった東京の方々との集まりが9時半ごろからセッティングしていただいており、これまでのお礼をさせていただくとともに、皆さんお酒も入れずに今後の松阪のあり方について熱く語っていただきました。「ふるさと納税もするよ!」などとも言っていただき、遠い地からも故郷松阪に思いをよせていただいているという嬉しい緊張感を改めていただきました。
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翌日は朝一番で品川から新幹線に飛び乗り、昼前には松阪市に戻ってまいりました。中国帰国後、各部局との協議事項がたまっており、それを精一杯行わせていただいた後に、1時半からは三重県公民館大会が行われ、挨拶をさせていただきました。公民館活動は、今後の「地域内分権」を進めていく中で「地域が地域らしく地域の声を聞いて輝く」ために不可欠なものであり、今の時代だからこそ地域コミュニティーを支える拠点としてますます頑張っていただきたい活動であると思っております。
3時から4時過ぎまでは、メディアの皆様に中国での4日間の報告をさせていただき、質問を受け付けさせていただきました。この内容については、すでに新聞紙上にもでておりますが、今その活動成果を受けて中国側や国内各機関とも改めて様々な調整も進めており、一定の部分がまとまり次第、その内容も含めて7月1日から4日までとその事後談としての「中国レポート」をこの日記上で遠くない時期に書かせていただこうと思っております。
夕方からは、海上アクセス松阪航路の関係で県庁に伺い、政策部長に対して松阪高速船からの航路引き継ぎについてのこれまでの交渉経過報告と今後の予定について報告をさせていただきました。
夜は、東京から同世代で全国中で活躍をしているファッションデザイナーの方と地域広報戦略を売り込む仕事をしている方が松阪に来られて、今後の松阪市のPR戦略について話し合いをさせていただきました。夜遅くまで、具体的な問題についても熱く語り合うとともに、今後同世代に生きるものとして違う分野ではあるものの地域社会や人へのしっかりと貢献できる生き方をしていこうということを確認しあいました。
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≪7月10日≫

すばらしい音楽が皆さんの元に届けられますように(秋の演奏会)

鈴屋遺跡保存会評議会

夏の企画展

新たな展示物も数点公開されています

宣長(十七歳)筆の日本地図の本物を
是非ご覧下さい
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10日の午前中は、朝の8時半からずっと来客が続きまして、いろんな立場の方々と市政の問題について議論もさせていただきました。最近は昼の時間帯も来客の予定が入っていることが多く、今日も昼ごはんを食べ損ねてしまいました。。。それでも、食事よりもおいしいいろんな方からの話を聞かせていただけることの方が幸せです。
1時半からは、鈴屋遺蹟保存会の理事会・評議会がありました。本居宣長記念館の2階で行われ、私が理事長として議事進行を行いました。事務局側から今後の組織運営についてなどの説明があり、その後理事や評議員の皆様方から多くの意見をいただきました。本居宣長がこの地域において残した功績を、そして全国の国文学者に与えた影響を、改めて多くの方々に理解をしてもらえるための「市民に開けた宣長記念館」となるようにどうすればいいかということも話し合いました。4月から新任となった吉田館長を中心にますます歴史の香りを感じられる取り組みを進めていくことが大切であると思っています。
4時半からは、松阪警察署前において夏の交通安全県民運動出発式に出させていただきました。なんどもこの日記でも書いておりますが、松阪市は毎年全国でもワーストに入る交通事故死者数が出ているので、本当に日々の「交通安全」に対する意識を市民の皆さんに必要以上に強く持っていただかなくてはいけません。松阪市役所においても、他人事の話ではなく、最近公用車の自損事故などが頻発しており、先日各部局に対して強く注意をしたところです。私も通勤では毎日車を使っておりますが、以前よりも立場を考え運転にはより気をつけるようになりました。事故が起こって喜ぶ人は誰もいません。改めてこの機会に「不幸の連鎖」を生み出す事故防止の意識を高めなくてはと感じました。
5時半からは、松阪市サッカー協会から総合運動公園の将来展望についての要望がありました。サッカー場に予定されている部分をできれば「人工芝」のグラウンドにしてほしいというのが主な話でした。確かに、松阪市にはサッカー施設が十分あるとはいえず、今後はこんなに自慢できるグラウンドがあるから松阪のグラウンドをつかって大規模な大会も行ってほしいといえるようになることも大切だと思っております。人工芝のサッカー場は予算規模として非常に大きいものとなるのですが、私はサッカー競技の松阪市におけるますますの発展と施設をつくるうえで中途半端な投資をするのではなく、三重県でも誇れる専門施設としての位置づけを創っていくことも必要かと思っており、要望の多くは前向きに検討していくつもりです。来ていただいた方々のサッカーにかける熱意も強く感じました。
夜は、7時半から飯高宮前地区におけるまちづくり協議会の総会に出席しました。宮前地区の素晴らしいところは、若い方々は積極的に「田舎まちづくり」に参加しているというところです。以前にも、宮前地域の若い3つのまちづくりグループの方々と懇談会を持たせていただきましたが、この日も総会には若い方々が多く参加をされておりました。他の地域のまちづくり協議会においては、若い方々の比率は決して高くないのですが、この地域はこれまで地域づくりに経験がある年配の方々と若手がうまくまじりあって地域らしさを生かした様々な取り組みをされていると感じます。各地域のまちづくり協議会を伺わせていただくと、本当に地域の方々が自分たちの地域に責任を持って取り組むという熱い思いが伝わってきて嬉しくなってきます。
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夏の交通安全県民運動出発式

「安全に暮らす事の出来る素敵な松阪市を
築いて行く事を強く望みます」

「私たち若い世代が中心となり
交通安全をよびかけます・・・」
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「交通事故に遭わないでね!」

「交通事故が起こらない安全な地域に
お願いします」

宮前地区まちづくり協議会総会
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≪7月11日≫

入念にウォーミングアップ中

両チームに記念のサインボールをお渡ししました

始球式

球児たちの熱い夏が始まります
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11日、12日は松阪が全国に出しても恥ずかしくない「松阪祇園まつり」に街じゅうが包まれた二日間でした。私もこの2日間はしっかりと一人の市民として参加をさせていただきました。
11日の朝は、夏の高校野球の松阪球場におけるオープニングセレモニーがありました。始球式が行われる1時間ほど前から球場に入り、秘書の方と入念なキャッチボールをしておりました。アンダースローにするか、野茂風のトルネード投法にするか最後まで迷って練習していたのですが、最終的に村田兆治風のマサカリ投法で投げさせていただきました(笑)。マウンドに上がると独特の緊張感があったのですが、練習以上にしっかりと投げることができて、ベースの真ん中低めにしっかりと投げ込むことができたので大満足でした。高校生の熱い思いの一端に参加させていただき、とても感動しました。どのチームも甲子園を目指して一度しかない熱い熱い夏を過ごしていただきたいと思います。
この日は、始球式をはじめ、一日中祇園まつりの法被を着て過ごしておりました。試合は4回ぐらいまで飯南高校サイドで見ていたあとで、名残惜しく松阪球場を出させていただきました。その後、市民文化会館で藤正会の民謡夏祭りがあり、挨拶をさせていただきました。民謡の美しさと心を癒す魅力を感じさせていただくいい機会であるとともに、祇園まつりもそうですが、地域の文化や伝統が人により受け継がれていく素晴らしさにも改めて感銘を受けました。
昼からは、市役所に戻り汗をかいた法被を着ながら市長室でたまりにたまった仕事をしておりました。2時半ごろには岐阜の細江茂光市長が祇園まつりに来られるということでお迎えに伺い、昼間からホルモン店で一緒に焼肉・ホルモンを食べながら、お互いの市政について語り合いました。非常に素敵な思い切りのいい市長で「市民の方さえしっかり見ていればどこに媚びる必要もないんや」という言葉には共感を覚えました。議会との関係や今後の地方自治のあり方などかなり深くいろんな話をすることができて、貴重な時間を過ごせました。
細江市長は、地元の神輿の団体につくってもらった「岐阜市長 細江茂光」と大きく書かれた法被を着ておられ、街を歩いていると皆さんから細江市長も非常に注目されておりました。二人で街をぶらぶらしながら、祭りの雰囲気を楽しんでおりました。5時からは日野町交差点のステージに二人で上がらせていただき、私も「チョーサヤ」という掛け声を集まった神輿の担ぎ手にマイクでかけさせていただき、祭りの空気の一体感に入らせていただきました。その後、細江市長ともども神輿を担がせていただき(今年も御厨神社でした)、神輿を担ぐ激しい熱気のなかで意識もうろうとするぐらい真剣に、それでもしっかりと担がせていただき楽しませていただきました。本当は遅くまで神輿の空気に触れていたかったのですが、その後の予定があり、途中で祭りを抜けさせていただきました。それから、嬉野一志町自治会で行われていた「天王祭り」と「射和祇園祭」にも参加をさせていただきました。どちらの地区の祭りも、地域の方々がみんなで創り上げたという地域の思いが感じられるものであり、地域で一緒になって祭りに参加できる幸せを共有させていただいた気がします。
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藤正会の発表会であいさつしました

にぎやかなステージ上

御厨神社のお神輿に付いていただいた
響座の皆様です

灯明が揺れています

射和祇園祭の風景
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岐阜市の細江市長と

御厨神社のお神輿を担がせていただきました

嬉野一志町天王まつり

射和の祗園まつりでごあいさついたしました

射和祇園祭の風景
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≪7月12日≫

さあ!みんなで踊りましょう

松阪しょんがいソーランの勇ましい旗が・・

そろいの衣装で踊りもバッチリ

しょんがい音頭の先頭の屋台です

一緒に躍らせていただきました
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12日は、朝起きると昨日担いだ神輿のおかげで、肩と背中がぱんぱんに腫れてあざになっておりました。一番前で担いでいたのでかなり圧力がかかっていたようでした。今日が始球式だったら投げることができなかったですね。
午前中は街中をぶらぶら歩いて祭りの風景を眺めながら、市役所に向かいました。午後4時頃まで仕事をしながら、なんとなくずっと外のにぎやかさがうらやましく「うずうず」とした気持ちでおりました。4時半ごろには改めて祭りのなかに飛びだしていき、まずはしょんがいソーランを見学し、しょんがい音頭が始まると最初から最後まで約70分間踊らせていただき、そしてその後の鈴おどりはステージ上に上がらせていただき、約1時間何かに取りつかれたかのように踊らせていただきました。参加グループの人数だけで過去最高の約1500人が鈴おどりに参加していたらしいのですが、最後の最後にステージの周りにみんなが集まってきてアンコールまで踊り尽くしたときには涙が出そうになるぐらいの感動をいただきました。「松阪市長」で、いや「松阪市民」でよかったと強く強く感じさせられた瞬間でした。こんなに素晴らしい一体感のもとでお互いに感動を共有し合う空間を創りだせる祭りは全国を探してもあまりないのではと思います。鈴おどりが終わると、参加したみんなで握手をしたり、抱き合ったり、写真撮影をしたりで終わった後もとても盛り上がりました。
この2日間の祇園まつりで自分自身がどっぷりと参加させていただく中で、「次の世代にこの熱い魂をしっかり伝えたい」と心から感じました。年代も幅広く参加した祭りでしたが、今の若者や子供がおじいちゃんになったときにもこの祭りの熱気が昔の熱さをおもいださせてくれるようなそんな祭りをずっと続けていってほしいものです。そのためには、私が市長としても、そしてひとりの市民としても松阪を愛する心とともに、この祇園まつりという文化でもあり、伝統をつなげていかねばならないんだろうと思います。
翌日から数日間、この2日間の筋肉痛で苦しめられましたが、なんだか筋肉痛ですら熱い興奮を思い起こさせる心地よい痛みとなりました。
松阪には本当にたくさんの素晴らしいものがあり、素晴らしい人たちがいて、それを守ろうとする熱い魂がある。その魂にときどき触れていくだけで、自分自身の心も熱くなり、その熱さが幸せをより輝かせてくれる。ありがとう、松阪!この日記を松阪市の外にいて読んでいただいている方がいれば、ぜひそんな松阪にも一度おこしくださいませ。幸せを創る街にもっともっとしていかねばなりません。明日の皆様方がますます熱い魂と幸せな心が煌(きら)めきますように。。。
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鈴おどりのスタッフのみなさんと

暑い・熱い夜でした・・・
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ちびっこたちも元気よく

大人も子どもも一緒になって楽しみました
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| 7月5日~7日 |
| 「毎日が七夕のような「出逢い」の瞬間を楽しめますように。。。。」 |
≪7月5日≫

氏郷少年柔道大会開会式

愛知・大阪・奈良・京都・滋賀など
県外からも多数の選手が出場されました

捨て犬・捨て猫防止の看板設置の皆さんと

皆さんと一緒に捨て犬・
捨て猫防止の看板を設置しました

「いのち」を大切にするために

七夕そろばんワールド
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皆さん、こんにちは。今日、日記を書いているのが7月7日の七夕です。七夕の伝説は、何度聞いても悲しくもなんだか素敵だなと感じてしまいます。日本人のメンタリティーにあっているからこそ長年広く受け継がれてきたのかもしれません。
天帝の娘である織姫は機織の上手な働き者の娘であり、夏彦星もまた働き者であり、天帝は二人の結婚を認めました。めでたく夫婦となった二人はいつも一緒にいることが楽しく、織姫は機を織らなくなり、夏彦は牛を追わなくなりました。このため天帝は怒ってしまい、二人を天の川を隔てて引き離したのですが、年に1度、7月7日だけ天帝は会うことを許し、天の川にどこからかやってきたカササギが橋を架けてくれて会うことができるようになったという話です。しかし、7月7日に雨が降ると天の川の水かさが増し、織姫は渡ることができず夏彦も彼女に会うことができません。星の逢引であることから、七夕には「星合」という別名があり、松阪の地名にも「星合」「鵲(カササギ)地区」という地名もあり、旧暦の七夕の日にはそこでも七夕祭りが行われます。そして、この日に降る雨は催涙雨とも呼ばれ、これは織姫と夏彦が会えない悲しみのあまりに流す涙といわれています。
逢えない悲しさがある一方で、一年に一度は愛する二人が「変わらぬ愛」を交わせる幸せ、せつなくも人間界においても誰もが一度は感じたことがあるような心の機微をとらえたような話であるような気がします。
中国から帰ってきた翌日は、朝からいくつかの市内における行事に参加させていただきました。朝一番からは、氏郷少年柔道大会に伺わせていただきました。この大会においては、松阪地域からの参加者だけでなく、三重県内各地からそして近隣県のチームからも数多く出場していただいており、昨年よりも参加チームが10チーム以上増えたということでした。中国でも「道(タオ)」の精神は国民に広がっている考え方ですが、日本において「柔道」「剣道」「茶道」などこの国の歴史と文化が創り上げてきた精神的な支柱になっている考えが詰まっているものであると思っております。子供たちが柔道を通じて、体を鍛え、心を鍛え次の世代に向かって「自分自身の道」を軸にもって歩んでいただきたいと願わせていただきました。
少し競技を見せていただいたのちに、鈴の森公園において「捨て犬・捨て猫防止の看板設置」に向かわせていただきました。動物愛護に関わる活動は、私が県議会議員の時代から積極的に関わらせていただいており、「動物のいのち」を大切にする心を持てない人や社会は必ず人に対しても優しくなれないと思っております。「他の生き物のいのち」ではなく、同じように痛みを感じる生き物であることが想像できることが大切ではないでしょうか。動物の愛護管理については保健所を中心とした「県の管轄」という意識がなんとなく市のなかにあるように感じましたので、「松阪市としてできること」ということを具体的に就任後、環境部と教育委員会と話し合わせていただいておりました。今回の活動は、捨て猫捨て犬防止に取り組んでいる団体の方々と行政が協調させていただき、以前から各学校にお願いしていた「捨て猫捨て犬防止ポスターデザイン」を看板に張り付けていただき、鈴の森公園周囲に取り付けました。子どもたちが精一杯描いてくれたデザインはどれも思いがこもっており、きっとこれを見てくれた多くの方々は優しい気持ちになり、動物のいのちのことを真剣に考えてくれるような気がしました。
その後、三重中京大学で全国各地から参加している「七夕そろばんワールド」を見学にいかせていただきました。そろばんは、私の父が昔銀行員であったときに「みんなは計算機を使うけど、自分はそろばんの方が便利なんだ」といつも自慢げに話していたことを思い出させます。私は数字に触れることが非常に苦手で、計算機もそろばんもほとんど使ったことがないのですが、機械に頼ることなく自分の頭と手をフル回転させる「そろばん」という日本で広がった伝統が受け継がれていることはうれしいことだと素直に感じました。私の子供時代は、ちょうど父の世代のようにそろばんを教え込まれることもなく、妹の世代のように学校に計算機を持っていくという世代でもなく(今は学校でも携帯電話で計算するなど聞きますが。。。)、アナログ時代でありながらそろばんの良さも体感していないそろばんに対しては中途半端な時代のなかで育てられました。大人も子供も一生懸命にそろばんに向かう姿はなんだか素敵で、うらやましく感じました。
中国から帰ってきて、仕事が山のようにたまっておりましたので、午後からは市役所に詰めさせていただいて仕事の処理を一人でもくもくと行っておりました。夜は、翌日に「トップアスリート派遣事業」としてオリンピック銀メダリストである中村真衣選手が来ていただいていたので、一緒に焼肉を食べさせていただきました。松阪肉のカルビやホルモンをとても喜んでくれて、たくさん食べていただくと共に後日彼女のブログにも載せていただいておりました。いろんな話をさせていただきましたが、周りに対してとても気使いをされる本当に純粋で真面目な方でお会いさせていただいて改めてファンになってしまいました。笑顔が綺麗な素敵な方と一緒に食事ができて幸せでした。これからも全国中を中村さんの笑顔で、多くの方の幸せを創ってほしいと感じました。
もっと話をさせていただきたかったぐらいだったのですが、残念ながら夜の9時頃に退席させていただき、もう一度市役所に戻り改めて仕事をさせていただいておりました。。。「仕事大好き人間」もこの日はちょっと残念でした。
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≪7月6日≫

♪今日は天気にしておくれ・・・・

「救助技術東海大会」に向けての訓練

雨でも訓練は行なわれます

「大会でもがんばってください」

雨雲が撤収しましたよ・・・
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6日は朝から雨でした。ちょっと早めに市役所に入り、まだまだ残っている仕事をこなした後に、9時からは、春日町の松阪南消防署において「救助技術訓練」を見せていただきました。救助技術を競う東海大会が近付いており、東海大会で2位までに入ると全国大会にいけるので、松阪消防の優秀さを示すためにも全国大会を最低限の目標として訓練をしているとのことでした。消防長いわく、「実力では全国でもトップクラスの自信があるのだが、まだまだプレッシャーに弱いところが見受けられるので、市長の前で緊張感を持って訓練をさせたい。」とのことでした。大雨が降りしきる中での訓練で、一度はちょっとしたミスがあったものの基本的には訓練の成果が見られる出来であったと感じました。命にかかわる本物の現場においては、「プレッシャーのせいでうまくいかなかった」では取り返しがつかないので今後も常に現場の緊張感のなかで訓練を続けていただきたいと思っています。
その後、朝見小学校において中村真衣さんの水泳指導を現場で見せていただきました。私も子供たちと一緒に準備体操と柔軟体操を楽しくさせていただきました。真衣さんの指導は非常にわかりやすく、子供たちが楽しくなってくるようなものであり、私も子供になってその輪に入りたいと感じさせていただきました。子供たちにとって、真衣さんが来ていただいたことは一生心の残る思い出になるでしょうし、スポーツの楽しさを感じたことが今後の人生にいろんなかたちで生かされるのではと思っています。このような事業は今後も続けていくべきですね。
朝見小学校の後は、夕方まで福祉部の部長とこども未来課の職員ともども松阪市内の各公立保育園を訪れさせていただき、一緒に給食を食べさせていただいたり、園児と触れ合わせていただいたり、そしてその現場の中での様々な課題に触れさせていただきました。次世代育成に関わる保育に対する予算は、惜しむことなく投資していかねばなりませんが、予算を預かるものとして本当に現場に必要なものをしっかりと現場の感覚のなかで把握させていただかなくてはなりません。施設整備や老朽遊具への対応など各園の「格差」や地域性についても担当の方から「間接的」に話を聞くだけでは肌感覚で理解はできません。すべての園を回ることはできませんでしたが、各園の地理的条件や現在の園の内部事情なども現場で聞かせていただくことで、そして子供たちと直接にその場で触れ合わせていただき、自分も子供になったつもりで感じさせていただくことで今日一日で得られたものは大きかったと思っております。今後もこのような現場には入り続けていくつもりです。
夜には、「だいこん一座」という障がいのある方々が中心となって活動している劇団の練習風景を見に行かせていただきました。という話になる予定だったのですが、見にいくと予定が変更になったらしく、練習をしておらず急遽打ち合わせになったということでした。誘ってくれた方がそのことを申し訳なく感じたのか、「最近勉強しているマッサージをしてあげるよ」と急にいってくれて、丁寧に足裏マッサージをしてくれました。だいこん一座の練習風景は以前から何度か見に行かせていただいていたのですが、彼らはいつも明るく楽しく、そしてその練習での明るさが劇にも現れており、多くの方々が彼らの劇をみて感動をして幸せを感じていると思います。なかなか劇をさせていただける場がないようで、三重県各地に飛び回っているようですが、また皆様で「彼らの劇が見たい」という方がいれば「まつさかチャレンジドプレイス 希望の園」さんが活動の中心となっているのでぜひ連絡してみてはいかがでしょうか。皆さんのもとに感動を届けてくれることと思います。
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「トップアスリート派遣指導事業」水泳教室

中村先生と一緒に泳げないのが残念だけど
元気にピース!

「寒くないですかー」

ブラジルの手遊び

こども達とのおしゃべりでランチのおいしさ倍増

優しい先生のお膝でおねんねです

三雲南保育園にて

「似顔絵をもらいました・気に入ってま~す」

どんな夢をみてるのかな・・・

飯南たんぽぽ保育園にて

「えっ?どーなるの!」

三時のおやつタイム

じゃんけんぽん
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「よーく体を動かして」

シャワーの水が冷た~い!

東保育園にて

西保育園にて

「おかわりまだあるかな?」
調理員さんも嬉しいでしょうね・・・

敬礼!

園内の子育て支援センタールーム

「僕もやってー」元気いっぱいです

とっても美味しんですよ。秘密は園児達の
元気な声をいっぱい聞いているからなんです・・

「何気に格好いいですね」

「カラコロ・カラコロ、とんとこ・とんとこ」

明日は七夕ですね

「だいこん一座」の皆さんと記念写真
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嬉野管内公共交通検討委員会の
皆さんと意見交換

三重県港湾海岸協会理事会

津市の総会会場から伊勢湾を望む

三重県港湾ん協会通常総会

四日市港湾事務所長から講演いただきました

女性役職者有志の集まり「ぐるーぷ輝」
の皆さんと懇談

「みくもの七夕笹かざり」
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7日は、朝から部長会議がありました。ちょうど私も就任後5カ月となるとともに、今年一年の半ばになるということで各部局における「あいさつ運動」を改めて徹底していただくとともに、「市民目線」での仕事への意識を改めて確認していただくように話をさせていただきました。窓口対応など市民に直接接するなかでの言葉づかいや態度などは当然ですが、政策形成や事業実施における一つ一つにおいて常に「市民のため」という当たり前の意識を常に持っていただくことを強調させていただきました。また、各部局における公用車での事故や違反が増えている部分があり、改めて「公」の意識を徹底して持っていただくことの重要性も話をさせていただきました。
その後、嬉野地域の自治会長の方々が地域の公共交通のあり方について要望にこられました。現在の松阪市の立場を説明させていただくとともに、「市民の足」である公共交通は「地域」と「松阪市」が共同するなかで具体的に取り組んでいくことの必要性を改めて確認させていただくとともに、地域の調整や財政的なサポートについても今後梯子をはずすつもりはないと話をさせていただきました。
午後からは、私自身が会長を務める三重県港湾協会の理事会と総会が津市のグリーンパーク津において行われました。港湾に関わる県内行政や関係企業の皆様に集まっていただき、議事進行を進めました。松阪市にとっても港湾行政は非常に重要な位置づけを持っており、漁業の問題のみならず、産業振興拠点としての意味もあり、今回の会議においても同じ港湾をもつ行政の地域間連携のあり方と関係事業者との関わり方についても議論をさせていただきました。
市役所に4時頃戻ってきて、職員課と次年度の職員採用のあり方についてかなり具体的な議論を行いました。その後、6時から約一時間、松阪市役所内の「グループ輝」という女性管理職グループの皆様約20名と話し合いの場を持たせていただきました。「グループ輝」自体はかなり以前から様々な活動をしているということでしたが、「市長を交えて懇談」という試みは初めてということでした。今回はすべての参加者から率直な意見を聴かせていただき、非常に有意義な時間となりました。男性社会に多くみられる「建前」がよくも悪くもなく、非常に「本音」に近い部分で話していただけたと思っています。私は「女性らしさ」の良さが市役所内でもっと生かされるべきであると思っていますし、今の市役所の「男性社会」のなかでは「女性らしさ」が混乱を起こすことがあったとしても、その一定の混乱も受けいれていくなかでの新しい女性の声や独特の感性が具体的に反映されるような組織作りが大切であると思っております。話を聞かせていただいたいくつかのことは翌日に反映させるように部局に指示を出しました。このような機会は定期的に持たせていただきたいと思います。ただ、これも女性らしいというと怒られますが、よくも悪くも限られた時間のなかで「段取りの悪さ」と「まとまりがない井戸端会議的な話」という要素があったことも事実でした。私が十分な時間を取れなかったことが何よりの反省点で、皆さんにとって言い尽くせなかった部分が多かったと思いますが、全体として非常にいい機会をいただき、今後も改めてこのような機会をいただければと思っております。
7時半ごろ市役所を出て、三雲の雲出橋における「七夕笹かざり」を見にいかせていただきました。現場には8時頃着いたのですが、多くの子どもさんが参加して橋一杯に広がる笹に一人ひとりが願いを結びつけておりました。いろんな願い事を見せていただいて、なんだか嬉しくなってきたのが、自分のお願い事以上に家族や周りの方のこと、そして社会全体のことなどを書いた願い事が多かったことでした。「おじいちゃんが元気になってほしい!」「家族がいつまでも仲良しでありますように」「世界で戦争がなくなりますように」「市長頑張れ!」(笑)、「松阪市がもっともっと素敵な街になりますように」など、読んでいるだけで幸せを感じさせていただきました。多くの子供さんが、他の人や環境が幸せになることが自分の幸せとつながっているということを心で分かっているんだなと感じさせられました。そんな気持ちのまま、みんな大人になっていただき、他人の幸せを素直に喜びあえるそんな社会になっていければと私も願わせていただきました。
素敵な気持ちで七夕の一日を終わらせていただきました。ありがとうございました。保育園でも七夕でも子供さんからいろんなことを教わり、感じさせられました。自分の心とも改めて素直に向き合えるそんな七夕でした。皆さんは、どんな出会いや感謝があった七夕になりましたか。毎日毎日が、七夕のような新鮮な「出逢い」の瞬間を感じられるように過ごせればいいですね。皆様の明日がますます幸せに輝きますように。。。。。 |

「みくもの七夕笹かざり」を支える皆さんと一緒に
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願い事が叶いますように。。。
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