| 6月29日~30日 |
| 「外から松阪を眺めてみると、ますます素敵な松阪になれる気がする!」 |

雨と霧でかすんでいます

休憩所にある風速&発電電力メーター

青山高原にて

飯南町深野の現場付近にて

櫛田・徳和・神戸地域巡回バスを走らせる準備会の皆様とお会いしました

立命館大学で講義をしました

福岡政行先生と
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皆さん、こんにちは。一年の後半に入ってまいりましたが、元気にお変わりなくお過ごしでしょうか。
7月4日の夜に中国から帰国して、アパートには深夜12時頃にようよう到達できました。今回の中国へは松阪牛の商標登録問題の解決が主な目的であり、日本での日常同様にかなり激しい強行スケジュールでしたが非常に大きな成果が得られた訪中であったと感じています。今回の訪中を通じて、いろいろと感じたこともありますので、中国に関しての報告はまた後日落ち着いてまとめた形でこの日記に反映させていただければと思っております。日本の良さ、中国の良さ、世界に数多くの国や民族があるなかでそのそれぞれの良さを認め合っていき、寛容に受けとめていけば戦争も起こらないだろうし、お互いに素直に高め合っていけるんだろうなと改めて感じました。
まずは、出発前の6月29日、30日のことを報告させていただきます。前日の会議が夜遅くまでかかったので、出張先で宿泊を行い、朝一番の電車で松阪に帰ってまいりました。電車のなかで本日一日の資料整理を行いながら、9時頃に松阪にようようつきました。9時半からは、櫛田・徳和・神戸地域巡回バスを走らせる準備会の皆様が署名を持って市長室にコミュニティーバスについての要望にこられました。各地域でのコミュニティーバスの運行についてのサポートは今後とも行政としてしっかりと関わらせていただくつもりです。ただ、その前段階として地域がその必要性を持って自分たちで運行管理までしていくんだという気概を持っていただきたいということです。地域と行政がしっかりとリンクをして「生活の足」である公共交通を守っていかねばと思っています。また、改めて案内をさせていただきますが、本年度は公共交通を守ることをテーマにしたシンポジウムも行う予定をしておりますので、皆さんにもぜひ参加いただきたいです。
10時半からは、風車事業についての部局を超えた勉強会と今後に向けた協議を行いました。そして、その勉強会のあと、風力発電の現場を見るために津市にある「ウインドパーク美里」と飯南町深野の今後業者が風車立地予定地となっているところへの視察に伺いました。雨と霧のなかの視察であり、松阪市役所に帰ってきたのは夕方5時半ごろになりましたが、非常に得るものが多い一日となりました。
今回の風車関連勉強会は環境部を中心に、景観に関わる建設部、建設予定地地域となっている飯南の地域振興局など担当部局がお互いに資料を持ちよって、風車事業の全国自治体における状況や今後の風車事業の見通し、現在の松阪地域において風車事業を仮に進めるとしたときの課題などを出し合うなかで様々な角度での議論をさせていただきました。それを踏まえて、県内で風車事業を行っている「ウインドファーム美里」へ伺わせていただきました。県議会議員のときも事業者の方から説明は受けたことはあったのですが、現場に伺わせていただくのは初めてで、風車の真下で「音」を直接聞かせていただき、敷設に必要な広さを感じ、開発した山の状況なども具体的に見たなかで今後、もし風車事業に関する認可を出すとしても市民へその事業に対して私自身が説明責任が果たしていかねばなりませんし、市民理解が進むまで慎重に判断をしていかねばならないと思っております。飯南の現場付近にも伺わせていただき、地元住民の方とも話をさせていただくなかで地域の意識は高まっているものの、まだまだ情報自体は不十分にしか伝わっておらず、これからの議論が不可欠であると感じました。
市役所に戻ってからは、中国に4日間伺う中での副市長への引き継ぎ事項の確認や早急に行わねばならない事務整理なども職員の方々を交えて行っておりました。
30日においては出発直前ということもあり、訪中前にやり残したことを各部局と協議・判断させていただくとともに急いで書類の処理も行わねばならなかったので、朝の7時頃から市役所に来て仕事をしておりました。8時半からは、家庭の事情で退職者される方の辞令交付をさせていただきました。市役所から離れての第2の人生を頑張っていただきたいと思います。これまでお疲れ様でしたと心から感じ、辞令を交付させていただきました。
この日は、立命館大学から講義をしてほしいとの依頼を受けており、9時4分発の電車に飛び乗って京都に向かいました。先日の東海中学高校や今回のような県外から「話をしてほしい」と依頼を受けることは本当にうれしいことであり、私自身も「綺麗な話」をしようとするのではなく、「自分自身の魂」の部分を伝えたいという思いで常に話をさせていただいております。今回の講座には、約250名ほどの学生さんが出席いただき、担当教授である福岡政行先生の司会進行のもとで約2時間にわたって講演と意見交換をさせていただきました。政治のこと、松阪市のこと、そしてアフリカという日本からすると地球の裏側のことなどいくつかの観点から「他者への愛を持てる社会へ」というテーマで話をさせていただきました。福岡教授の「日本政治のメカニズム」という講座の一環としての話であったのですが、「政治のメカニズムなんてどうでもいいんです」という講座そのものを否定するような話から始めさせていただき、政治家や行政官が創る政治ではなくて、皆様の「現場」「生活」そのものから生まれてくる不満や希望が積み重なることで社会が創られているという意識をもって欲しいという話をさせていただきました。熱心に話を聞いていただくとともに、積極的な発言や質問がでてきたことが非常に嬉しく、福岡教授ともども講座のあとで約1時間膝づめで学生さんと話をさせていただいたことも私にとっても財産になりました。次の世代に期待と夢を持っている若い世代(私もまだそのなかに入れてもらいたいのですが)と語り合わせていただき、「現実」と「未来」を創ることにともに手を取り合っていけるという期待を感じさせてくれました。
夜は、福岡教授に紹介していただいたお店で食事を美味しくとらせていただき、その後松阪に戻ってまいりました。次の日から中国ということで市役所に再び戻って最後の仕事の整理をして深夜にアパートに戻りました。
次の日は、朝5時40分にアパートをでて中国に向かいましたが、「中国レポート」については後日まとめて発表させていただきます。
松阪市のこと、他の市のこと、地球の裏側のこと、全部違うことのようでいて、すべてがつながっている気がします。同じ「人間」が住む地球において、そしておそらく何百年後にも自分たちの子孫が住むこの地球において、身近な人同士で争ったり、ちっぽけなことでお互いに譲り合えなかったり、そんなことはつまらないことだと思います。「他者の幸せ」に寛容であって、他者の幸せも出会ったことのない人の幸せも「自分の幸せ」とお互いが感じられるようなそんな世の中になればいいのにと思います。私も自分のまずは身の回りからできることから「幸せネットワーク」が広げられるように頑張らせていただき、皆さんとともに他の地域に広がるような「幸せ地域づくり」を行っていきたいと思っています。
いつもありがとうございます。皆さんがいて自分自身が生かされています。皆さんのますますの幸せを心からお祈りしています。 |
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| 6月25日~28日 |
| 「縁をもらった相手が少しでも幸せになってほしい。。。。」 |
≪6月25日≫

保護司会の皆様から「社会を明るくする運動にご協力を」という法務大臣メッセージを受けとりました

バイオディーゼルの活用について話を聴きました

松阪市国民健康保険運営協議会

松阪食肉公社取締役会

食肉公社総会
≪6月26日≫
 第1回松阪市男女共同参画審議会
 「積極的なご提言をよろしくお願いいたします」

男女がともに輝く社会をめざして・・・

「三重県国道協会・中勢バイパス期成同盟会」の
監査をしました

6月定例記者会見

百歳の中山さん「とってもお元気です」
≪6月27日≫

東海中学高校で講演しました

熱心な皆様にご聴講いただきました

JA松阪第24回通常総代会

JA松阪第24回通常総代会②

殿中校区の小学校の皆さんの七夕かざりに
お伺いしました
≪6月28日≫

なるほど、ここがこうなっているんですね

松阪北消防署の新庁舎を見学しました
車庫の部分です

この夏の安全を祈願しました

水の事故などが起こりませんように・・・

皆さんとハマボウ音頭を踊りました

最後のポーズもきれいに決まりました
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皆さん、こんにちは。お元気に幸せをじっくりと感じながらお過ごしでしょうか。
ふと昔のことを思い出したので、ちょっとそのまま書かせていただこうと思います。私が大学時代のときに孤児院で子どもに勉強を教えるボランティアをしていました(半分遊んでいましたが)。その孤児院が下宿先の近くであったということもあり、夜に週2、3回2時間ほど訪れておりました。担当していた「きみお」という子は様々な事情のもとで孤児院に入れられており、「大人」への不信感を明らかに抱えている子供でした。最初は接しても接しても誰に対しても心を開いてくれなかった「きみお」が半年、一年と接しているうちに明らかに自分にだけは態度が変わってきて、「過去」の話をしてくれたり、今後の「希望」を話してくれたり、時には涙を流して「自分」を語ってくれるようになりました。「これまで来た学生の人はいつも僕から逃げていった」ともいいました。それから、私ときみおが二年ほど一緒に過ごしたあたりで、私の経済的な事情などもあり、夜中の仕事を毎日行わなくてはならなくなり、いつも訪れていた時間にほとんどいけなくなりました。いく回数が非常に少なくなってくると、きみおとの距離感も明らかに出てきて、次第に彼も私から距離を置くようになりました。私の若さからの未熟さがその気まずさから逃げようとする心を生み出すとともに、忙しさのなかに人としての心を失っていた部分があり、きみおにちゃんと別れが言えないままにそのボランティアをやめ、そしてそのうちその地域も離れてしまうことになりました。これまで、きみおに接してきた「大人」と同じように「信用をしかけた大人」がまたきみおを裏切ってしまったのです。その一年後のお正月にどこから住所を聞いたのか、私の新しい住所に「ありがとう」と書かれた手書きの年賀状が来ました。それを見たとき、なんだか涙が止まらなくて、自分自身の「生き方」を考えさせられた思い出があります。一人の人に接することにはそれだけの責任があります。人の心の傷を創るのは簡単ですが、それを癒すことはなかなかできません。あとで後悔してもその傷を創った事実は元にもどせません。多くの方々に「傷」を創ってきた人生を改めて思い出しながら、「松阪市民」の心に、次の世代に、癒せないような傷をつけないように、そして2度と同じような後悔をしないように、今を皆さんの幸せのために走り回りたいと思っています。
25日の木曜日は、さまざまな会議が開かれ、来客の皆様が多かった一日でした。朝一番から来ていただいたのは保護司会の皆様で、法務大臣からのメッセージを預かってこられました。保護司の方々は、公務員という立場でありながら実質的にはボランティア精神の下で活動されており、地域における犯罪を起こした方々の更生に対して日々寄与されていらっしゃいます。法務大臣のメッセージと保護司の皆様の熱い「人への思い」を聞かせていただき、私たちも「明るい社会づくり」に向けて、そして誰もが再チャレンジできる社会に向けて取り組まねばと再確認させられました。
その後、いくつかの協議を行ったのちに10時からは広域消防組合議会の理事会・総会が行われました。先日の日記にも熱く書かせていただきましたので細かい内容は省略させていただきますが、全国で初めてと考えられる「消防トリアージシステムと24時間健康相談事業」がめでたく議会で採択されました。10月ごろからの実施に向けて市民の皆様の健康が「日本で一番守れる地域」につなげていかねばと思っております。
その後、バイオマスに関連した会社の方が訪問され「松阪バイオマスタウン構想」についてお互い語りあわせていただきました。今、オバマ大統領のもとでグリーンニューディール政策がすすめられておりますが、世界の趨勢のなかで地域においても環境負荷を減らす代替エネルギーについてはいろんな観点から考えていかねばなりません。
午後からは、国民健康保険運営協議会、続けて松阪食肉公社の取締役会・株主総会へ出席いたしました。その後、総会に出席されていた伊勢市長と今後の松阪と伊勢の観光連携のあり方や県に対しての共通した要望などについて協議いたしました。
夕方には、翌日の定例記者会見に向けて部局との調整会議を一時間ほど行い、その後夜には松阪地区薬剤師会の通常総会・懇親会に出席させていただきました。50名ほどの薬剤師会の皆様と様々な現場での話を聞かせていただきましたが、非常に若い方々が多く熱く語っていただき、地域の今後の医療・福祉体制の問題や国の薬剤行政についてなども出席国会議員の方も交えて話をさせていただいておりました。非常に有意義な懇親ができました。8時半ごろには懇親会の途中で抜けさせていただき、もう一度市役所で打ち合わせや書類整理をさせていただき、12時前にはなんとか市役所から抜け出すことができました。
26日には、朝から7月1日付の人事異動の内示を行わせていただきました。この日記は職員の皆様も読んでいるということですが、いろいろと執行部に対して「現場がわかってないのでは」「なぜ私が。。。。」「なぜ彼だけ優遇されるの。。。」「理解できない」などの不満もあるのではないかと思います。今回の人事に関しては、当然すべての異動対象者のこれまでの経歴なども含めて「私が」責任を持って選ばせていただいたといえます。その結果責任や不満についての受け皿は当然、私のみの責めに帰するところであると思っています。ただ、次年度4月の組織再編・人事異動に向けての「第一歩」を思い切って踏み出したとともに、単なる温情や一部の方の意向という偏った人事は排除させていただいたつもりです。まだまだ職員の皆様のことも一生懸命理解させていただこうとしても、理解不足な部分がありますが、少しづつ職員の皆様の「個性」が輝き、その輝きが「松阪市民の幸せ」を照らしていけるような組織になっていければと思っています。
10時からは、男女共同参画審議会に出席させていただき、審議会委員の皆様と約1時間半にわたって男女共同参画の今後のあり方について積極的な意見交換をさせていただきました。これまでは、「女性の社会進出をよりすすめる」というイメージがありましたが、私はそれだけではなくて地域コミュニティーやボランティア活動などに「男性の参画」も積極的に行っていけるようにしていかねばという話もさせていただきました。地域やNPO団体などにおける女性の活動の積極性が輝いている一方で、地域活動における男性の存在感が不十分な部分もあります。そのなかで、会社社会で生きてきた「男性」が地域活動で役割がもてるような「男性参画社会」のあり方も真面目に考えていかねばと思っています。その一方で、当然市役所をはじめ、サラリーマン組織のなかでの女性の扱いは必ずしも「公平」なものになっているとはいえません。今回の人事においても、いろんな議論があるなかで私としては最大限「女性の登用」を試みましたが、本人の意思や職場環境の現実も含めて市役所内もいまだ「公平」であるとは思っておりません。委員の皆様からさまざまな現場での「男女」についてのご意見をいただき、学ばせていただくと共に皆様と活発な意見交換ができて本当によかったと考えています。必ず今後の政策面で生かしてまいります。
11時半からは、三重県国道協会・中勢バイパス期成同盟会の監査役ということで予算の使われ方について細かくチェックをさせていただくとともに、現在における「団体の存在意義」という部分についても事務局サイドと真剣に議論をさせていただきました。
午後1時から一時間半ほど「定例記者会見」を開かせていただきました。先月から「ケーブルテレビ行政チャンネル」が入ることになった兼ね合いもあり、市長室での会見からより広い別室での官房長官風の起立しての会見にさせていただくようになりました。さまざまな案件があり、記者の方からの質問もありましたが、先日のこの日記でも書きましたができるだけこのような機会の「市政報告」をメディアに取り上げていただき、市民に伝わるようにしていただきたいですし、取り上げていただけるような「市民の幸せ」に資する中身を松阪市として積極的に打ち出していかねばなりません。
その後は、今月100歳になられた方を2人訪問させていただきました。一人の方は、驚くほどにお元気ではっきりと話をされる方であり、「100歳になったことは今でも信じられない」と話しながら、涙を流しながらこれまでの人生についても語っていただきました。100年の人生のなかに詰まった幸せも悲しみの一部に触れさせていただいたことに本当にうれしく思いました。もう一人の方は、施設に入所されており、あまり体調がよろしくなかったのですが、施設の方々に囲まれて100歳の誕生日を祝っていただいておりました。施設の皆さんひとりひとりとも握手をさせていただき、「生きる」ということの美しさを改めて感じさせられました。これからも皆さん、100歳を通過点にまだまだ「生きて」くださいませ。
その後、スポーツ少年団の方々からの始球式の依頼を受け(頑張らねば!)、三重県港湾協会の方々が来られ今後のあり方について話をされ、そして、市民病院職員労働組合の総会に出席してあいさつをさせていただいて一日に一段落がつきました。ただ、毎度のことですが、中国行き前であるということもあり、出発前にこなさなくてはいけない事務的な事柄や協議事項が多く、市役所を出たのがやはり12時近くとなりました。

小学生ソフトボール大会での
始球式の依頼をうけました
27日、28日は世間では土曜日日曜日といわれているらしいのですが、幸せなことに「忙しさ」にあふれた2日間を送らせていただきました。
土曜日の朝は8時1分の近鉄特急に乗り、東海中学高校でのサタデープログラムに出席するために名古屋へ向かいました。2か月ほど前に東海中学校の学生さんが二人で市役所を訪れ、講演依頼を受けました。私と同じ時間帯に違う教室で行われていたのが、自民党の加藤紘一衆議院議員や雅楽を演奏する東儀秀樹、私の次のコマで行われる予定が民主党の岡田克也衆議院議員など豪華な顔触れの講師がこの一日で約30人ほど集められるということで、市民への開放講座で行われておりました。
ライバル講師が強敵ですので私などの講座には誰もこないのでは、、、という不安もあったのですが、学生さんも大人の方も多く参加していただき、講演後の質疑でも皆さん積極的な質問をしていただきました。アフリカでの体験をもとに「幸せという価値観」というテーマでの話をさせていただき、政治の話ではなく、「生きるうえでの自分の軸」だけしめさせていただきました。私は、松阪市内でもそれ以外でも可能な限り「地球の裏側の痛みを想像できる心」について話をする機会をいただければ話をさせていただきたく、このような機会を通じて、学生さんをはじめ多くの方と新しい「ご縁」ができたことを心から嬉しく思いました。幸せな時間でした。
講座が終わると、次の松阪での行事までがぎりぎりでしたので、駅で電車に乗るまで走りに走り、ワイシャツが汗でびしょびしょになりましたが、なんとか予定の電車に間に合うことができました。一時半からJA松阪の総代会と阪内川七夕まつりへの出席が求められていたので、順番にどちらも微妙に時間に遅れながら皆さんにお顔を出させていただくと共に、開催お祝いの挨拶をさせていただくことができました。
午後3時からは、松阪青年会議所(JC)55周年記念式典が市民文化会館で盛大に行われ、出席させていただきました。式典においては、これまでのJCの歴史が非常に分かりやすく解説されると共に、OB会や他の地域のJCメンバーからの熱い激励の言葉もあり、秩序だった中にも参加者に思いが伝わってくる式典でした。JCのOBの皆様の顔ぶれをみれば松阪市の各種業界で一線を張っており、地域貢献もされていらっしゃる方々ばかりです。松阪における夏の風物詩である三社みこしもJCメンバーの伝統として受け継がれてきたものです。今後も、JCが地域に対して、人に対して受け継いできたものを松阪の未来を創る一助として、改めて貢献していただければありがたいと感じております。
夜の懇親会においても皆さんとぜひ交流をもちたかったのですが、挨拶をさせていただいた後に市役所でやはり仕事が残っていたので、中抜けさせていただき、お役所仕事をしに戻りました。

温かい応援をいただきました

松阪青年会議所創立55周年記念式典
28日日曜日は、朝9時半から新設をした松阪北消防署の視察に伺いました。消防長に案内をしてもらい、新しい施設の効果的活かし方についても話を聞くことができました。
安全や緊急時の効率性が高まる構造であるとともに、しっかりと緊急時に備えた訓練ができる消防署であることを確認させていただきました。
その後、松名瀬海岸の海開きが行われ、地域の方々や関係者の皆様の出席のもとで神事と記念式典が行われました。「魅力的な田舎まち 松阪」を考えるうえで、松名瀬海岸のようにハマボウのような自然の美しさと人がゆっくりした時間を味わえる空間という貴重な財産をもっている地域を今後行政としても守っていかねばならないと改めて感じました。
式典終了後、地域の皆様とともにハマボウ音頭としょんがい音頭をしっかりと踊らせていただくとともに、とれたての貝を食べさせていただきました。おいしく楽しい時間を過ごすことができました。
午後のスタートは、機殿地区住民協議会設立総会に出席させていただきました。機殿地区の住民協議会設立は松阪市で13番目であり、最近テレビで言われている「地方分権」というよりは「地方内分権」を進めていくうえで非常に重要な取り組みであると思っております。地域のことは、行政以上に「地域」がよくわかっているから「地域」に予算と権限を渡しましょうという当たり前のことを当たり前に進めていくことは今後よりすすめていかなくてはいけません。この日記で以前にも書きましたが、地域のお金の使い道の優先順位を行政が決めるのではなく、地域の様々な主体に属する方々がしっかりと議論をしていただき、責任をもってきめていただければと思っております。機殿地区の住民協議会の特徴は「理事への女性参画」を進めたことと「環境・エコ部会」をつくったことでした。今後、住民協議会どおしでもその活動実績を競い合い、より地域の個性が輝く組織にし、地域の方々の幸せが高まっていくことを心から祈っています。
このあとは、やんどころない緊急の公務としての県外会議が入り、担当部局の方とともに夜遅くまで協議がありましたので、宿泊をして、次の日の朝早くの電車で松阪に戻ってまいりました。すぐには発表できない「秘密の会議(悪いことをしているのではなく、相手方や関係者への配慮から今はいえないものです)」は、ときどきいろんな分野で行われることがあります。今回は、事前から予想していたものでなかったので、他の予定を無理やりキャンセルして公務出張させていただきました。また、その成果については時期がきたときにこの日記でも話をさせていただきます。
来週は、京都の立命館大学における講師依頼が来ているとともに、7月1日から4日間は中国への出張となります。その期間、この日記は一時お休みとなりますが、また帰国後しっかりとその出張での成果も含めて記させていただきたく思っています。
今年一年の半ばももう少しで過ぎようとしています。折り返し点にきたところで、前半気を振り返り、改めて「幸せ」な気持ちを思い出すとともに、後半期により「幸せ」を求める気持ちを高めて過ごしていただけばいかがでしょうか。ちょっとの間、松阪を、日本を離れさせていただきますが、皆様のこの数日間のお幸せを海の向こうからもお祈りさせていただきます。。。。今日もありがとうございました。松阪で生かされている感謝を改めて感じる今日この頃です。

松名瀬海岸海浜開きの中のワンショット

機殿まちづくり協議会設立総会にお伺いしました
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