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松阪市トップ > 市長のページ松阪市長 山中光茂の『幸せ発見』日記

【市長への手紙】



【Topics】
今=唯一の現実、過去=現実の記憶
鳴かぬなら それもまたよし ホトトギス」・・・
議会での議論が皆さんの幸せにつながるように!
市長会から帰り、刺激を受けて『松阪改革』に改めて取り組みます!
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 2009.4.12以前の日記

 6月12日~14日
 「今=唯一の現実、過去=現実の記憶」
≪6月12日≫
NEWS番組の取材を受けました「議員報酬について」
NEWS番組の取材を受けました
「議員報酬について」

白熱した議会が続いています
白熱した議会が続いています







≪6月13日≫
竹斎のご子孫の方とお話しできました
竹斎のご子孫の方とお話しできました

厳かな読経が流れる中、法要が営まれました
厳かな読経が流れる中、法要が営まれました

射和コーラスの皆様に「竹川竹斎翁の歌」をご披露いただきました
射和コーラスの皆様に「竹川竹斎翁の歌」を
ご披露いただきました

交通安全功労者の皆様などが表彰されました
交通安全功労者の皆様などが表彰されました

バリアフリーミュージカルの練習にお伺いしました
バリアフリーミュージカルの練習にお伺いしました

ミュージカルをされる「An-Pon-Tan」の皆様です
ミュージカルをされる「An-Pon-Tan」の皆様です

朝日新聞の記者さんに取材を受けています
朝日新聞の記者さんに取材を受けています







≪6月14日≫
 「国民平和大行進」の皆様へ激励のあいさつをしました
「国民平和大行進」の
皆様へ激励のあいさつをしました

松阪から津市へ向う「国民平和大行進」の皆様
松阪から津市へ向う「国民平和大行進」の皆様

みんなで緑のカーテンを作って地球温暖化防止対策をしましょう
みんなで緑のカーテンを作って
地球温暖化防止対策をしましょう

「松阪に緑をふやす会」による花の苗無料配布
「松阪に緑をふやす会」による花の苗無料配布

宇気郷三世代ふれあいまつり(柚原町)
宇気郷三世代ふれあいまつり(柚原町)

「お若いですが一世代目の方々ですか・・・?」
「お若いですが一世代目の方々ですか・・・?」

お父さん達もここでよく遊んだよ・・・!
お父さん達もここでよく遊んだよ・・・!
皆さん、おはようございます。私が今日記を書かせていただいているのは、今日は6月15日月曜日の朝八時すぎです。広がる青空と爽やかな風が市長室に心地よく入ってくるなかで、椅子に座ってパソコンをたたかせていただいておりますが、部屋から見える眩しいぐらいの「よいほの森」の新緑が今日一日のエネルギーを与えていただけるように感じます。

 この「幸せ発見日記」については、毎日の私の市長としての生活そのものをほとんどつつみ隠さず、連日の行動や判断したこと、感じたことを素直に書かせていただいてきました。最近では、一か月で20000アクセス近くをいただいているということで、多くの皆様方に「長文・駄文、感覚的文章」であるこの日記に接していただいていることを本当にうれしく思っております。市長になった以上「24時間常に市長」であり、「純粋に私人山中光茂」ではありえません。だからこそ、どんな場面でのどんな行動もそこに責任をしっかりと持たせていただきたくつもりです。

 フランスのマルセル・プルーストという作家の「失われた時を求めて」という自伝的・哲学的小説のなかで、晩年ふと口にした「紅茶に浸したマドレーヌ」の味から、過去の様々な出来事や人を愛した感覚などが思い出され、過去には「当時の現実」として生きていたのに、今は「今老人としての今を生きている」という当たり前のことに気付かされるというシーンがありました。「現実は記憶のなかにつくられる」ということが当時は哲学界にインパクトを与えたらしいのですが、私はあまり哲学とか小難しいことは分かりませんが、「記憶」と「現実」、今進んでいる時間の戻っていかない常に進んでいくという「現実」の不思議さと悲しさは感覚として理解できます。
だからこそ、「今」を「唯一の現実」として生きなくてはいけない。日記を毎日「現実」として皆さんに提示させていただき、皆さんに松阪市政の「現実」に触れていただくことが「単なる過去のこと」として終わらせない意味があると思っております。

 それでは、週末という「過去」を「現実の記憶」として思い出しながら、皆様にお伝えさせていただこうと思います。

 12日金曜日は、朝の8時過ぎから議会調整会議があり、2人の議員からの一般質問への行政としての意思統一と本日上程する追加議案である「議員報酬5%カット」に対しての打ち合わせをさせていただきました。

 一般質問は、両者とも非常に前向きな意見をいただき、こちらとしてもその意向を踏まえて反映できるところを反映していければと思っております。二人とも持ち時間の50分をめいいっぱい使われて、行政と議会のお互いの議論を深めることができたと感じております。午後からは、「議員報酬」についての議案上程をさせていただき、4名の議員から質疑を受けて、全体で1時間近く議論をさせていただきました。私たち行政としては、特別職等報酬審議会で答申を受けた「議員据え置き」という結論だけではなくて、その「審議の経過」をしっかりと受けとめさせていただいたうえで、「5%カット」という提案を議会に提出させていただきました。

 報酬審議会においても「据え置き」が4人、「引き下げ」が4人という議論が約1時間半にわたって行われ、大幅引き下げを主張される委員の方もいらっしゃいました。最後は、議長が「苦渋の決断」という表現のもとで議長判断で「据え置き」という答申を出しました。私は、答申を無視したのではなく、その答申の内側にある意図を最大限尊重させていただくと共に、現在の民間企業や市民生活の状況、市の財政状況などを総合的に勘案して、「特別職としての議員」の皆様に市民の誰よりも「率先して引き下げ」をしていただきたいという思いで提案をさせていただきました。5%という数字は、30人以上の事業所の3月期における報酬月額が5.0%前年と比較して下がっているというデータも参考材料の一つにさせていただきました。最初に議長と副議長に「このような案を出す予定です」と提示させていただいてから、かなり時間があったにもかかわらず、議会からは「私たちはこのように報酬について考えているので、自分たちでこのような結論を出します」という提示などは一切ありませんでした。

 ある議員の方が質問において、「議員はこのような場所で質問しかできないのだから。。。」という趣旨の発言がありましたが、とんでもない話で議会として「議案」を提出することが当然できますし、さまざまな形で議員が条例改正を積極的に行うことができます。それが、市民の声を受けた立法機関としての議会の大きな役割の一つでもあります。

 私たち行政は提案をさせていただいて、それを積極的に審議をしていただいて結論を出すのは「議会」の役割です。行政は、市民の意向をくみ取って提案をさせていただきました。議会はまた、「市民の声」のもとで責任ある判断をしていただく機能をもっています。メディア報道などで「無記名投票」などと噂が出ていますが、「市民の声」を背景に責任ある結論を出すのであるならば、賛成であろうと反対であろうと「無記名」などはありえない話です。あくまで噂であると思いますが、「無記名」になるならばまさに「市民不在」で「議会制民主主義」が松阪市で崩れるときであるだろうと思っております。しっかりと議会のなかで議論していただき、また行政としてもその提案した問題に対して説明責任を果たしていかねばならないと思っております。

 この日は、議会が終わった後は観光戦略などについての行政のあり方について協議を行い、また7月に行う人事異動についても話をさせていただいておりました。めずらしく仕事がなかったので、めずらしく早く7時過ぎにはアパートへ戻りました。

 13日土曜日は、午前中は地域の要望聞き取りなどがあり、朝から外回りをしておりました。午後1時からは、地域の偉人である「竹川竹斎」生誕200年記念イベントのオープニングであいさつをさせていただきました。オープニングイベントといっても、祭られている延命寺というお寺での法要が中心であり、竹川家のご子孫の方々や地域の方々がお集まりになられて、竹斎を偲ぶ厳粛な雰囲気のなかで式典が進められました。竹川竹斎は、豪商のもとで生まれて、その経済的基盤を単なる自身の道楽に使うのではなく、日本で初の私設図書館である「射和文庫」を創設したり、地域茶業の振興に取り組んだり、天保の大飢饉の際に苦しんでいる農民の姿を見て「灌漑池」をつくるなど、地域のため、人のためにお金を使った方です。晩年には、射和文庫の本を半分売って学校創設の資金にするなど今でも竹川家の家訓となっている「皆のために」という精神を生涯かけて貫いた方だと感じています。竹川竹斎を生んだこの地で「皆のために」あることが「自分の幸せ」と感じるような地域づくりを行っていきたいものです。

 その後、コミュニティーセンターで松阪地区交通安全協会の表彰式に来賓として挨拶をさせていただいたのですが、50年以上無事故無違反の方々が130名ほどいらっしゃったことには驚かされました。松阪地域は、毎年交通事故死者数が全国でもワーストに入るという不名誉を背負っていますし、その事故から生まれる加害者・被害者ともの「悲しみの連鎖」はなんとしてでも止めていかなくてはいけない状況になっています。その状況のなかでも50年以上、40年以上無事故無違反の方が数多くいるということは、本当に事故を起こすか起こさないかは「意識の問題」なんだろうなと感じさせられました。今後、行政としてもしっかりと整備するところを整備していくとともに、より意識の啓発に向けての取り組みも行っていくつもりです。

 その後、隣の文化会館で「夢のバリアフリーミュージカル」というイベントの練習が行われており、その光景を見学に行きました。三重県全域で活動している団体で、様々な程度の障がいを背負った方々と障がいのない方々が一緒になってミュージカルで各地を回っているということでした。松阪でも8月23日の日曜日に行われるということで早速予約を入れさせていただきました。障がいを抱えている皆さん方は非常に明るく元気で、素敵な声を出していらっしゃいました。本番で、改めて感動をいただけることを楽しみにしています。もし、皆さんで関心がある方は松阪市教育委員会の方に問い合わせていただければと思います。ぜひ、見に来てくださいませ。

激励に来てください、といわれたのですが、このような集まりにいくと必ず激励されて元気をもらって帰ってきます。

 夕方からは、朝日新聞の記者が東京から来られて「若い市長」というテーマで記事が書きたいので、ということで取材をしていただきました。現在、30代市長が10人以上いるらしく、ほとんどの方が現職を破って当選されているということです。それも「地方都市」でその傾向が強く、そのようなテーマで記事を書きたいとのことでした。私も、「若さ」はあまり意識したことがないけれど、「自分が未熟」であるからこそ、「市民の声を謙虚に聞くことができる」ということがメリットであり、「市民とともに市政がしやすい」という話をさせていただきました。「松阪市は私ではなく、市民が変えている」というところを強調させていただきました。16日の朝日新聞の朝刊に記事が掲載されるということです。

 14日の日曜日は、朝の八時半から出発でまずは「原水爆禁止 平和大行進」において出発の挨拶を市議会議長ともどもさせていただきました。私も「戦争の傷跡」が残っている国々に滞在しておりましたが、一度壊れてしまった平和を「現場」で立て直すことの難しさを肌で感じたと共に、戦争が世代を超えてその「痛み」を引き継いでいくという現実を改めて日本人も認識しなくてはいけないと感じています。

 9時からは、市庁舎前で「松阪に緑をふやす会」の皆さんが苗の無料配布をしていただいていたのとともに、松阪市も直射日光を遮るための「緑のカーテン」を広げようとする活動の一環としてのゴーヤなどの苗木を配布させていただきました。ただ、今回初めて事前に市の広報に掲載したこともあり、朝の6時前から行列ができ、1000人を超える方が熱い中並ばれるという壮絶な光景になってしまいました。そこまで、行政も「ふやす会」の皆様も想定しておらず、私も「熱い中並んでいただいてすいません」と行列に謝りながら皆さんと話をさせていただいておりました。「緑のカーテン運動」は、日が照る窓側に植物のつるなどを絡ませることで日光の直射を防ぎ、冷房消費を抑えるというものです。皆さんもぜひ取り組んでくださいませ。

 その後、柚原町の「うきさとむら」で行われた「三世代ふれあいまつり」に参加させていただきました。この祭りは、宇気郷地区から外へ出ている方々へ呼びかけて、年に一度は3世代そろって地域のよさを楽しもうという毎年行われている企画です。宇気郷地区はなんどかこの日記にも書かせていただいてますが、行政に頼るのではなく、地域独自で地域の方々の努力によって様々な取り組みを行っております。私がいつも話をする「素敵な田舎まち」の典型的な例であると感じます。私も川の水を感じ、子供のマス釣りを見ながらほんわかとした気持ちにさせていただきました。

 午後からは、まず松阪で初という「すべての会話を英語で行う」という小学校入学前を対象とした体験型英語スクールの視察に伺いました。スタッフもほとんど外国人で日本語がまったく話せないという方もほとんどだったので子供よりも私が会話に苦労していました。子供も外国から日本に来たという子もいたりして、非常に国際的な雰囲気でのこのような授業環境は「国際化社会」を担う次の世代を育てるうえで不可欠なものなのだろうと感じました。私自身が子供から英語で何度も質問されて、「パードン(なんといいました?)」と答えてばかりで、私がその輪のなかで学習したいぐらいでした。

 その後、2時からは松阪市が主催の「心をつなぐ集い」であいさつをさせていただきました。6月が人権啓発の強化月間であり、今回は数学者であり、大道芸人でもあるピーター・フランクルさんに講師をつとめていただきました。ピーターさんは、ハンガリー出身なのですが、ユダヤ人ということで子どものころから差別を受けてきて、また日本に来て20年以上になるにもかかわらず、まだ「外国人」として扱われてしまう、このようななかで「私はナニジンだろう?」という葛藤の中で生きてきた部分があるという話をされていました。私も冒頭で挨拶をさせていただいたのですが、アフリカにいたときに40を超える部族で民族間の様々な「差別」があり、またそのなかでも弱い立場の人を探して虐待などを行う、そんな環境がありました。一度創り上げられた「差別」はなかなかその環境や人の心に住みついた「悪意のない差別の心」を取り払うことはできません。だからこそ、「他者」を寛容に受け入れるこころを日々のなかで育てていくことが大切なんだろうと感じています。「人権を守る」とスローガンでいうのは簡単ですが、その心の壁を取り払っていくのは並大抵ではないですし、綺麗事で済んでいくものでもありません。行政としても、個人としても「他者を愛すること」「違いを愛すること」を改めて根付く地域をつくるために頑張りたいと思います。

 また、今日から新しい一週間が始まりますが、「今という現実」を「悔いのない過去」として話ができるように精一杯生き抜きたいものです。皆さんの今週の幸せと素敵な現実の積み重ねを心からお祈りいたします。
とても、冷たく、透きとおった水です。あっ、あまごが・・・
とても、冷たく、透きとおった水です。
あっ、あまごが・・・

「人権啓発強調月間」心をつなぐ集い
「人権啓発強調月間」心をつなぐ集い
おばあちゃんの手作りあんころもち
おばあちゃんの手作りあんころもち


ピーター・フランクルさんにご講演いただきました
ピーター・フランクルさんにご講演いただきました
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 6月10日~11日
 「鳴かぬなら それもまたよし ホトトギス」・・・
≪6月10日≫
柏葉あじさい「はじめて知りました」
柏葉あじさい「はじめて知りました」

「青年の船東海号」出発の報告に来庁されました
「青年の船東海号」出発の報告に来庁されました

松阪のリーダーとして力を発揮してきてください
松阪のリーダーとして力を発揮してきてください

県の防災危機管理部長さんにご訪問いただきました
県の防災危機管理部長さんに
ご訪問いただきました











































≪6月11日≫
松阪市行政チャンネルで生放送中「録画放送もあります」
松阪市行政チャンネルで生放送中
「録画放送もあります」

松阪市役所1階ロビー
松阪市役所1階ロビー

「素敵な花に・・・」お弁と屋さんの店先で道行く人が立ち止まっていました
「素敵な花に・・・」お弁と屋さんの店先で道行く人が立ち止まっていました

緊急経済対策の補正予算について会見しました
緊急経済対策の補正予算について会見しました

皆さん、こんにちは。この東海地方も「梅雨入り」というニュースが入ってきたと思えば目の前には爽快な青空が広がっております。天候の変化や気温の変化が激しい今日この頃ですので、皆さんお体には本当に気をつけてくださいね。

 以前、松下政経塾にいたときの論文に「鳴かぬなら それもまたよし ホトトギス」といった松下幸之助さんの言葉について書いたことがありました。織田信長のように、鳴かないからといって「殺してしまう」こともないし、豊臣秀吉のように、鳴かないでいるホトトギスをわざわざ「鳴かせてみせよう」としなくてもいいし、徳川家康のように、鳴かないホトトギスをわざわざ「鳴くまで待とう」としなくてもいい気がします。鳴かないなら鳴かないで「それでいいじゃない」とする気持ちが私はなんだか共感を持ってしまいました。鳴こうが鳴くまいが「ホトトギスはホトトギス」そのままを受け入れてその良さを感じてあげればいい気がします。ふとそんなことを思い出して、ふと書いてみたくなったのでこの日記に書かせていただきました。

 10日(水曜日)は、朝8時頃に市役所に到着して、各部局との協議を行いました。9時からは毎週定例の部長会議において、議会への対応を改めて確認すると共に、メディアに対しては「市民に伝えるつもりで誠実に正直に」話をするようにという当たり前のことを確認させていただきました。各部局における情報交換をした後に、「松阪市人権施策基本方針」について部長会議のメンバーで協議をさせていただきました。「方針」を決めるだけでなく、人権への取り組みを具体的に進めていくためにかなり活発な意見交換が行われました。

 11時からは、JC(青年会議所)の皆様が挨拶に来られました。毎年「青年の船」という青年交流事業が行われており、今年は台湾に行き李登輝(りとうき)元総統とも話をする機会があるということらしいです。東海地域のJCの方々が600人ほどが参加するらしいのですが、松阪地区から乗船する方々がそれぞれ意気込みを語ってくれました。これまでも過去に戦争が行われていたところや日本との歴史的な経緯が強いところを訪問してきたということで、そのような地域で様々な経験を積むと共に、船で長い時間同じ年代の仲間と語り合うなど密閉された空間のなかで過ごすことがこの事業の重要なところだということでした。35歳までは誰でも参加できるということで「市長も参加できますよ!」と言われ、本音としては「ぜひ行きたい!」と心のなかで思わされながらも今の環境のなかで行けないことを残念に思うとともにとてもうらやましく感じさせられました。ぜひ、めったに経験できないチャンスを自分の成長につなげていただき、今後の人生に、そして松阪市の将来にも生かしていただければと思います。

 その後、昼休みまで数人の来客がこられ、さまざまな話をしておりました。今日はめずらしく30分ほどゆっくりと食事をする機会があり、冷やし中華をしっかりと食べました。

 午後1時からは、県の防災危機管理部の皆様が県事業についての説明にこられました。私が県議会の最後にいたのが防災危機管理の委員会で、そこで副委員長をさせていただいていたので、そのときには委員長とともに今日来ていただいた部長とも様々な激しい議論をしていたことを思い出します。こちらは、消防長、生活部長が同席する中で今後県に対して要望するところは要望させていただき、また、松阪市の今後の方向性なども話をさせていただきました。県の危機管理部長はかなりはっきりと話をする方ですので、なかなかメリハリのある会合であったように思います。

 その後、新聞社から市民病院の経営改善についてのインタビューを受けた後に、翌日の議会に向けての議会事前調整会議が行われました。議会で答える中身について、改めて各部局と方向性にずれがないことを最終確認する会議で前向きな市政の方向性を見出していく時にもここでその進め方なども検討していきます。議会の場で発言したことには責任をしっかりともたなくてはいけないので、「オール松阪市」としての意思統一をはかります。

 午後6時半からは、私も前回講演させていただいた「アシストの会」という途上国支援を行っている民間団体であいさつをさせていただきました。今回は、テレビタックルなどでテレビにでてくる政治評論家でもあり、白鳳大学教授でもある福岡政行さんの講演が中心ということで、会合が始まる前に30分ほど話をさせていただきました。福岡教授は、単に政治的な活動をしているだけではなくて、カンボジアなどアジアの孤児支援活動などもされており、その経験なども各地で話をされたりしております。私も今は市長という行政を担う立場にありますが、今できることでライフワークである「途上国への関わり」ということも続けていくつもりです。「他者の痛みを想像する」という自分自身の原点を忘れないためにも、このような会合に参加すると意識づけを改めてさせていただけます。

 2時間ほど、参加者の方々との意見交換も交えての会合であったらしいのですが、私は市役所で公務があったので残念ながら30分強で会場を後にして、議会に向けた公務に戻ってまいりました。今月末には、福岡教授が講師を務めている立命館大学での講座をお願いされたので、その場でも様々な学生さんとの交流を持たせていただけることを楽しみにしています。

 6月11日(木曜日)は、朝の7時半から約1時間早朝街頭指導を行いました。この日記でもなんどか書かせていただきましたが、毎月一度市役所職員がローテーションで街頭に立ち、運転者や通学中の子どもたちに対して交通安全指導を行っております。交通事故数、事故死者数は今年においても松阪では決して少ないわけではなく、今も様々な取り組みを模索しておりますが、ますますハード面ソフト面での対応を進めていく必要性を感じております。

 10時からは、議会において一般質問が始まりますので、それまでの時間は各部局と最後の調整を行っておりました。今日は、4名の議員からの質問があり、一人の持ち時間50分のなかで幅広い市政全般についての質問をおこなわれます。昼をまたいで、私たち行政側に対して多くの質問や提案がなされましたが、私をはじめ各部長がそれに対して答えさせていただきました。先日までの代表質問においては、私自身の所信表明に対してと予算に対してであったのでほとんどの質問が直接市長に対してでしたが、今日の質問はバランスよく各部局に対してわかれておりました。ただ、先日も書きましたが、私たち行政側は議員からの事前に「質問項目の通告」を受けたのちに、しっかりと部局と市長副市長がともにじっくりとどのように答えるかの方向性を議論しており、私が答えても部局が答えても同じように答えられるように「松阪市としての方向性」を創っております。

 今日は、議会が終了後、国の緊急経済対策の補正予算を受けて、明日議会に上程するために議会運営委員会で議案提案させていただきました。議案については、国の緊急経済対策の補正予算を受けて、松阪市として9億7千万あまりのお金をどのように配分するかを決めた予算議案と、議員報酬などに関しての議案でした。こちらが説明させていただき、議員の皆様からは特に議論は起こりませんでした。

 その後、緊急経済対策の補正予算についての記者会見を開かせていただき、詳しくその内容を説明させていただきました。今回の予算は、教育関係の整備にかなり重点を置かせていただき、子供の安全のために老朽化した遊具や施設整備などを幼稚園、小学校、中学校それぞれにおいて重点的に行わせていただきました。また、松阪広域消防は今でも全国に誇れる消防としての素晴らしさを持っていると感じておりますが、市民生活をしっかりと守るその機能を高めるための各種消防アイテムをそろえさせていただきました。その他、現在厳しい商業環境を高めていくために、企業関係者と農業分野関係者、教育関係者などが連携が取れる「総合産業フェア」を実施させていただくことにしました。全部で27の施策になりますが、ひとつひとつが地域の活性化に対して、また地域の「幸せ」につながるようにという思いで責任を持って計上させていただきました。

 記者会見後は、夜遅くまで翌日の議会調整会議がありました。明日で一般質問は終了し、少し一段落つきますが、その後は会期を延長していただき、追加補正予算の審議をしていただくことになっております。あまり疲れがでないほうなのですが、最近、この日記の自分の文章を読みなおすと「面白くない」と自分で感じてしまい、こういうときはなんとなく疲れているなあと自覚をしてしまいます。

 口で話すことよりも、私の場合は文章の方が自分らしさや素直なこころの内側がでてくる部分があり、精神的・肉体的に疲れているときには、書いた言葉に「遊びのなさ」が伝わってきます。なんとなく文章に自由さや跳ねた感覚があるときは心に余裕があるときのような気がします。議会も中盤戦に差し掛かりました。就任以来、この日記でも書かせていただいてきたように、私の発言や言動、判断そのものが皆様の幸せの一つ一つに結びついているという気持ちを常に忘れることなく、一瞬一瞬を過ごさせていただきます。

 今日も皆さん、ありがとうございました。皆様方の明日の「幸せ」、そして週末の楽しい毎日を心からお祈りいたします。。。
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 6月5日~9日
 「議会での議論が皆さんの幸せにつながるように!」
≪6月5日≫
平成21年5月第3回松阪市議会定例会中
平成21年5月第3回松阪市議会定例会中


平成21年度一般会計補正予算案並びに
市長の所信に対する代表質疑

松阪市行政チャンネルで生放送中「録画放送もあります」
松阪市行政チャンネルで生放送中
「録画放送もあります」

≪6月6日≫
松阪市身体障害者福祉協会定期総会にて
松阪市身体障害者福祉協会定期総会にて

クレソンはお鍋でいただきました
クレソンはお鍋でいただきました

クレソンを栽培してみえるだいさんと
クレソンを栽培してみえるだいさんと

クレソンを使った特産料理店のスタッフのみなさんと
クレソンを使った特産料理店の
スタッフのみなさんと

畑にて・・・そのまま食べても美味しい!
畑にて・・・そのまま食べても美味しい!

「松阪市肢体不自由児者父母の会」いろんな現場の意見を聞かせていただきました
「松阪市肢体不自由児者父母の会」
いろんな現場の意見を聞かせていただきました

関西地域福祉研究会の若者みなさんの前で
関西地域福祉研究会の若者みなさんの前で

≪6月7日≫
 「早朝よりうれしのを美しくする運動」にご参加いただきありがとうございます
早朝より「うれしのを美しくする運動」に
ご参加いただきありがとうございます

嬉野管内各地で美化活動をしていただいております
嬉野管内各地で美化活動を
していただいております

大河内地区のみなさんで作ったグランドゴルフ場(広場)の完成記念大会
大河内地区のみなさんで作った
グランドゴルフ場(広場)の完成記念大会

「嬉野宇気郷まつり」
「嬉野宇気郷まつり」

お店や屋台がいろいろ並んでいました
お店や屋台がいろいろ並んでいました

げんこつ飴づくり「昔の道具を使って体験」
げんこつ飴づくり「昔の道具を使って体験」

あまごつかみ その場で塩焼きにして・・・
あまごつかみ その場で塩焼きにして・・・

地元の具材たっぷり「名物宇気郷汁」
地元の具材たっぷり「名物宇気郷汁」

「歯の健康まつり2009」 ポスターコンクール最優秀賞作品
「歯の健康まつり2009」
ポスターコンクール最優秀賞作品

 皆さん、こんにちは。6月の心に沁み入る温かい風と目に眩しい青葉を受けてどのような気持ちで幸せをお感じでしょうか。6月の花として、まず思い出すのが紫陽花(アジサイ)ですよね。今年は東海地方も9日から梅雨に入りましたが、雨が続く日のなかでさりげない存在感を表しながら佇む紫陽花の姿に心がいやされる気持ちになるのは私だけではないと思います。雨のなかで生きることそのものが宿命といわんばかりに、逆らいもせず凛として自分らしく色鮮やかに咲き誇るという潔さに心を惹かれます。花の色が、多彩に魅惑的に変化することから、「移り気」「浮気」などの花言葉をもらっていますが、実は土の酸性度に合わせて花の色を変えているのです。自分に与えられた全ての条件や環境を有りのままに受け入れてその場に適した色で自分自身が可能な限り美しくじっと咲き誇ろうとする紫陽花は、本当は頑固でありながらまた柔軟でそして辛抱強い花でもあるのではないかと思います。そんな紫陽花のような人間になりたいものです。

 6月5日、8日、9日については、議会の各会派からの代表質問がありました。7つの会派からそれぞれの会派の代表者がまず全体的な質問を行い、その後関連した質問を会派内の他の議員が時間内で行います。3日とも10時から始まり、夕方まで行っておりました。質問の9割近くが担当部局に対してではなく、私に対しての直接の質問であり、今回の所信の中身と補正予算について様々な観点からの質問をいただきました。

 ただ、議員のなかには、質問に応じて何度同じ答弁をしても繰り返して聞かれる方がいたり、他の議員の質問で答えているにも関わらず再度確認のためか、同じ質問をされたり、ケーブルテレビなどで見ている市民の方からするとかなり違和感がある質問などもあったのではないでしょうか。

 私自身は、最初から答弁書を読み上げるといった準備をしていることはなく、「項目」については事前の通告があるものの、中身についてはその場で質問者の目をみてしっかりと聞かせていただき、その雰囲気に合わせて聞かれた意味を考えながら必ず自分の言葉で答弁をさせていただいております。

 議会と行政の関係は、当然お互いに相手をやりこめる場でなければ、相手のあらさがしをする場所でもありません。「市民の幸せ」という一点の目標に向かって、ともにどのように行政を進めていけば将来に向かって「市民が幸せを感じる」松阪市になるかを議論して創っていく場です。私たち行政としては、議会からの提案を謙虚に受け止めて行政運営に生かしていくとともに、現実的に行っている行政運営について「説明責任」を果たしていく場でもあります。政策的な基本的な軸については私が答弁するのが当然なのですが、本来ならば具体的な政策の中身については事前に私の方針として部局と協議を行っているので、市議会の皆様も「部局」に聞いてもらえればいいのですが、「市長」をご指名していただきますので、すべての分野についてまず私から答弁をさせていただくことばかりでございます。多くの部長さん方が「本当なら私が答えるべきところなのに、、、、答える機会がなくて残念!」と思っているかは別として、私の全体的な方向性は一緒ですし、一番現場に近い部局からの答弁も非常に重要ですので、本当ならば積極的に聞いてもらいたいところです。

 7つの会派と無所属議員1人からの代表質問を一通り終えて、私自身の今後市政に対して関わっていく「軸足」というものを示すことができたと思っております。質問を受けたあとの地域新聞の記事をみると、当然新聞紙面のスペース上仕方ないのでしょうが、大切な部分が端折られていることや一番大切であった議論が抜けていることが多いので、私自身の問題に対しての本来の意図が紙面上ではなかなか伝わっていないのは残念です。また、ぜひケーブルテレビの再放送などで実際の議論の中身そのものをみていただければ嬉しく思います。

 議会が終わった後の時間は、「議会調整会議」というかたちで夜遅くまで各部局との協議をさせていただいております。「答弁」をするということは、それなりの責任をともなうことであり、そこで「やります」といえばやらなくてはいけませんし、「検討します」といえば検討をするために具体的な動きをとらなくてはいけません。私自身の答弁の仕方が完全な「アドリブ」で自分勝手にいっているように見られがちかもしれませんが、その裏側では今の段階ではどこまでいうべきか、ここまでは実現するためにあえて発言しようなどとかなり具体的な「つめ」を行っております。議会で麻生総理のように「失言した」では許されませんので、かなり緊張感を持って発言させていただいております。そうはみえないと多くの方にいわれておりますが。

 6月6日、7日の週末については、多くの地域に赴かせていただき、さまざまな方々とじっくりと話を聞かせていただくことができた2日間でした。

 土曜日は、朝の5時から「朝起き会」というのが本居会館であり、国会議員、県会議員の皆様とともに出席させていただき早朝から挨拶をさせていただきました。その後は、八時半ごろから飯高町七日市のB&G海洋センターに向かいました。会場へ向かう途中での道中では、今後整備が求められている道路や橋などの状況もせっかくでしたので確認しながら進んでおりました。飯南・飯高地域の新緑は、日々の忙しさを忘れさせてくれるやすらぎをもたらしてくれ、移動の一時間半を車のなかでまったりとすることができました。

 海洋センターでは、松阪市身体障害者福祉協会の総会があり、まずは総会であいさつをさせていただくとともに、総会後第二部として「山中市長と福祉について語る会」という企画を創っていただいておりました。もともとは、私と参加者で話し合う予定だったのですが、ちょうど衆議院議員のお二人が来賓として総会に来ていらっしゃったので、私のほうから声をかけさせていただき、もし時間が許せば「国の障がい者施策」についてもぜひ参加者の皆様に話していただきたいし、現実の障がい者の現状について生の声を聞いてほしいとお願いさせていただきました。お二人ともおそらく様々な予定があったのではないかと思いましたが、快く引き受けていただき、私とともに皆さんの前にでて1時間ほど参加者の方々と「現実の痛み」について意見を交換していただきました。まず、私のほうから現在の松阪市が取り組んでいる、また今後取り組もうとしている障がい者へのサポートのあり方を話をさせていただき、その後参加者の方からの積極的な質問について国の問題については議員の皆さんが、市の関係については私が答えさせていただいておりました。どの質問も本当に障がい者を取り囲む「現実の厳しさ」があり、今後より具体的な政策をもって対応していく必要性を改めて確認しました。「親なき後」に対しての不安を解消していくために、国、県、市という役割の垣根を越えて協調して最優先に取り組まねばならない課題であると考えています。

 話し合いが終わった後は、ちょうど飯高の奥まで来ていたので、総会参加者の方のすすめもあって奈良県境に近い「はぜの風」というクレソン料理のお店で食事をさせていただきました。「クレソン」というと、ステーキなど肉料理の「添え物」というイメージがある方も多いかもしれませんが、この店ではクレソンが「主役」です。なぜ私がこの日にここを訪れたかというと、おいしいものが食べたかったという単純な理由もあるのですが、松阪市が今年に「ふるさと雇用対策」と地域の新しい新特産物開拓という目的で財政的なサポートをしている事業でもあるので、一度「視察」という意味でも伺わせていただきました。

 本当はゆっくりと食事をしたかったのですが、後の予定が詰まっていてせわしく食事をさせていただいていたのですが、経営者の方の「クレソンで地域おこし」という熱い思いを聞かせていただきながら、「クレソン鍋」とともに、いたどりやグミの実など地域で採れる食材を用いた非常に見た目も味も食感も満足させられる料理でした。次にくるときはもう少しゆっくりと食べさせていただこうと思います。

 食事の後に少し離れた所にある「クレソン畑」を見に行きました。一見すると、「雑草畑」にしか見えないのですが、水路の確保など地域でこれまで様々な取り組みをされる苦労はあったようです。かなり遠方からも「クレソン料理」を食べに多くの方が来られるということでしたが、本当に松阪市の一番「端」の地域においてこのような「地域で地域を盛り上げる」活動をしっかりと根付かせていただいていることに感銘を受けました。

 午後からは、肢体不自由児者父母の会(ひこばえ会)の皆さんと1時間半ほど話し合いをさせていただきました。午前中の総会の後もそうですが、単純に総会であいさつしてすぐ帰るというのではなく、今後も可能な限り「現場の声」をじっくりと聴く時間をとっていきたいと思っています。ひこばえ会との話し合いでは、まず20数名の参加者それぞれのこれまでの思いや今行政に求めたいものなどを詳しく聞かせていただき、その後私のほうから他の地域の事例なども出しながら具体的な問題一つ一つへの解決をはかっていきたいという話をさせていただきました。特別支援学校の問題や「親なき後」のサポート体制、福祉作業所における仕事の減少、そして自立支援法のもとでの様々な厳しさなどいろんな課題を聞かせていただく中で、国に対して要望をしていくだけではなくて、改めて松阪市としてできることをしっかりやらせていただくという確認をさせていただきました。

 その後は4時から約2時間、私の「好縁会」の方々がここまで4カ月のマニフェスト検証会を行おうということになり、20人ぐらいの方が集まり、私からの市政報告と皆様からの質問も受けさせていただきました。このようなことは定期的に行っていくことで自分自身に対してプレッシャーをかける意味でも非常に重要であると思っております。

 夜は再び市役所に戻り、仕事を粛々とさせていただいておりました。

 日曜日は、朝からせわしく行事が入り込んでいた一日でした。朝の7時半にアパートを出て、8時からの「うれしのを美しくする運動(ごみゼロ運動)」が行われるにあたって嬉野地域振興局から広報局を通じて嬉野全域に挨拶をさせていただきました。挨拶をした後に、いくつかの草抜きやゴミ拾いの現場に入らせていただきました。ちょうど雨があがった翌日でしたので、地盤がやわらかくなっており、草を抜くのにはもってこいの日でした。どの地域でも感心させられたのは、若い世代の方々もしっかりと運動に参加をされており、なかには子供を抱きかかえながら草抜きをされている方もいました。「最近の若者」も捨てたものじゃないと改めて感じさせられ嬉しかったです。

 その後、大河内地区グランドゴルフ場完成記念式典に参加をしました。このグランドゴルフ場は松阪市からは一円の補助金も出ておらず、すべて地域の方々が話し合われ、お金を出し合い、「自らの地域のことを自らで考えて行う」というモデルになるような取り組みをしていただいたと思っております。「公」に可能な限り頼らず、地域で必要なもの、求められていることをなんとか自分たちで創り上げたその「思い」に触れることができた記念式典でした。

 続いて、「嬉野宇気郷まつり」に伺わせていただきました。嬉野宇気郷地区は、松阪のなかでも「奥地」といえる場所であり、ただその奥地ならではの良さを引き出すお祭りが地域の方々の努力で創られております。あまご釣りや地域特産物の販売、宇気郷汁の提供など様々なイベントをゆっくりと見せていただき楽しませていただきました。前日うかがった飯高の波瀬という地域もそうですが、過疎地域だから不利なのではなく、そのような地域だからこそできることをしっかりと行っていただいていることが何よりうれしく感じますし、市としてもよりその良さを引き出せるようにしていくつもりです。

 12時半からは、歯の健康まつりでポスターコンクールの入賞者表彰に主催者として出席させていただくと共に、歯科医師会が中心となって歯の健康を守るためのイベントを行っていたので参加いたしました。80歳まで20本の歯を守ろうとする8020運動が言われていますが、若い時期からの歯磨きが本当に大切で、私も反省しなくてはなりませんが日々の忙しさを理由とするのではなく、日頃の歯の管理をしっかりしなくてはと感じさせられました。

 1時半からは、内五曲老人クラブの皆様方に「市政について」話をしてほしいと呼んでいただき、一時間余りの時間でしたが様々な意見交換をさせていただきました。多くの方々が、単なる自分の地域への要望などではなく、街全体のことであったり、将来の松阪市のことであったり、非常に市政に対して意識を高くもっていただいていることを感じさせられました。国の政治の状況などがワイドショーなどで放映され、「政治不信」が明らかに高まっているなかで皆様方がかなり厳しい目線で政治に対して関心をもっていただいていることが本当にうれしく思いました。政治や行政が決して他人事ではなくて、「自分たちで将来を創る」「今を創る」と考え、どんどん松阪市創りに参加してもらえればと思っております。今後も、皆さんの声を吸収していく機会をしっかりと創っていきます。

 その後、市役所に戻ると、愛知県の東海高校の生徒さんが来ておられ、「サタデープログラム」という講座で講演してほしいという依頼を受け、事前打ち合わせをさせていただきました。私のこれまでの経歴などを新聞で見ていただいたらしく、また松下政経塾当時の論文も読んでいただいたということで、今回の依頼をしていただくことになったようです。私自身が「アフリカ」の地で感じたことや「なぜ市長として、政治家としての活動をやっているのか」などを率直に語っていただければとのことでした。他の地域において、そのような活動をさせていただけることは非常に光栄であり、しっかりと準備をして松阪の名を汚さぬように頑張ってまいります。若い方々と話すのは大好きで、予定は30分だったのですが、私の方も楽しく語らせていただき1時間半ほどの協議となってしまいました。

 その後、市役所内で新聞社からの取材を受けると共に、残っていた仕事を夜までさせていただいてこの日も無事アパートに戻りました。土曜日・日曜日もほとんど平日と変わらない日々なので最近、曜日感覚がまったくなくなってまいりました。ただ、楽しい仕事を毎日させていただいているので非常に幸せです。

 そんなこんなで週末を終え、月曜日火曜日は前述したように議会三昧の二日間でした。精神的な疲労はそれほどないのですが、肉体的に少し疲れのピークにきているところがありますが、議会の場というのは「市民の代表者」に対して政策・予算についての説明責任を果たす大切な場ですので、しっかりと最後まで緊張感をもって頑張ります。

 紫陽花が根付いた土地の酸度によってその花を多様に咲かせるように、私も松阪市民の多様な市民の色を感じながら様々な人から見ても綺麗な花を咲かせるような松阪市にしていかねばと思っています。

 明日も皆様の心に素敵な花が咲き誇りますように。。。

「エ~なんやろ痛い事するの?・・・」親と子のよい歯のコンクールの表彰
「エ~なんやろ痛い事するの?・・・」
親と子のよい歯のコンクールの表彰


東海高校のお二人にインタビューを受けました
東海高校のお二人にインタビューを受けました


「秘密ですが・・・」バラエティー番組の取材を受けました
「秘密ですが・・・」
バラエティー番組の取材を受けました
老人クラブ「楽寿会」幸せな明るい長寿社会に向けて・懇談
老人クラブ「楽寿会」
幸せな明るい長寿社会に向けて・懇談


松阪は初めてと言われるので、松阪公園を紹介しました
松阪は初めてと言われるので、
松阪公園を紹介しました
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 6月1日~4日
 「市長会から帰り、刺激を受けて『松阪改革』に改めて取り組みます!」
松下政経塾出身の首長会で中田横浜市長をはじめ各首長から活動報告をうかがいました。
松下政経塾出身の首長会で中田横浜市長を
はじめ各首長から活動報告をうかがいました。

原田積善会が保管する貴重な資料を見せていただきました。
原田積善会が保管する貴重な資料を
見せていただきました

原田積善会の皆さんと記念撮影
原田積善会の皆さんと記念撮影

原田二郎直筆の石碑を見せていただきました
原田二郎直筆の石碑を見せていただきました

第79回全国市長会分科会風景
第79回全国市長会分科会風景

上毛新聞のインタビュー
上毛新聞のインタビュー

第79回全国市長会議会場の「グランドプリンスホテル赤坂」旧館は歴史が感じられる建物でした
第79回全国市長会議会場の
「グランドプリンスホテル赤坂」
旧館は歴史が感じられる建物でした

第79回全国市長会議
第79回全国市長会議

「市長座談会」参加者一同
「市長座談会」参加者一同

市長座談会「これからの都市経営-青年市長に聞く-」
市長座談会
「これからの都市経営-青年市長に聞く-」

外務省飯倉公館
外務省飯倉公館

外務省飯倉公館入口風景
外務省飯倉公館入口風景

「嬉野」地名のご縁で今後とも宜しくお願いします(佐賀県嬉野谷口市長)
「嬉野」地名のご縁で今後とも宜しくお願いします
(佐賀県嬉野谷口市長)

自治体国際交流活動支援レセプション
自治体国際交流活動支援レセプション

中国の特命全権大使の方に挨拶しました。
中国の特命全権大使の方に挨拶しました。

≪6月4日≫
「櫛田川左岸」松阪市豊原町にあります
「櫛田川左岸」松阪市豊原町にあります

水神祭
水神祭

第一水源地の施設を見学しました
第一水源地の施設を見学しました

地下から汲み上げてます・「水がきれいなので金魚も元気です」
地下から汲み上げてます
「水がきれいなので金魚も元気です」

全国で啓発運動が展開されています
全国で啓発運動が展開されています
皆さん、こんにちは。東京にいっており、3日間日記をご無沙汰しており、申し訳ありません。皆様、お元気に幸せにお過ごしでしたでしょうか。今は、6月4日木曜日の夜9時です。市長会で三日間出張にでていたため仕事が驚くほどたまっていたのですが、とりあえず決裁などデスクワークが一段落ついたので日記を書くためにパソコンを開かせていただきました。このように日記を書いていても秘書の方が部屋に入ってきて、いろんなことの確認に来ていただきます。明日からは議会ですので、秘書室はじめ各部局が最終的な議会に対して説明するための「つめ」を夜遅くまで行っております。

 議会に対して説明する準備をきっちりと行うことは、市民への説明責任をしっかりと果たす準備をするということです。私自身が「市民」の後押しのもとで市長を行わせていただいているので、自分の言葉でそこに「責任」を持って発言するのは当然です。また、私や市役所の職員の方が議会に対して発言することは、「議員」の後ろにある市民をも見据えているという意識のもとでも説明責任を持って話をしなくてはいけません。議員から質問を受けた時に単に議員に納得してもらうためという目的ではなく、私たち行政が提示した案件に対して「盤石の自信」をもって市民に示すことができるというものであるという確固たる意志を持って議会に向かわねばなりません。

 明日は、議会の各会派の方々から「代表質問」がございますので、ぜひ傍聴にきていただくかケーブルテレビでご覧いただければ幸いです。

 6月1日には、日記にも書きましたが公務がばたばたしたなかで、午後から電車にぎりぎりで飛び乗り、東京に向かいました。私は前にも書きましたが電車やお風呂といった「閉鎖された空間」が大好きで、小説を持っていくと共に、雑誌や漫画、スポーツ新聞などを出発前に駅で買って電車のなかでわき目も振らず読み漁ります。今回は、最初にスポーツ新聞を2紙読み終えたのちに、その後は人から借りた「ぼくと1ルピーの神様」という小説をずっと読んでおりました。この小説は、「スラムドッグ$ミリオネア」という昨年のアカデミー賞総なめ映画の原作本で、一度時間があれば読んでみたいと思っており、借りていたのですが、なかなか読む暇がなく返すにもにも返せなかった本でした。非常に読みやすく、またインドのスラムの環境とその主人公の子どもの激しい人生がじわっと伝わってくる小説でちょうど東京に着くころには余韻を残しながら読み切ってしまいました。日本の「ミリオネア」という番組はよくご存じと思いますが、インドの同様の番組でスラム街に住む男の子が全問正解するのですが、番組プロデューサーやスポンサーがお金を払いたくないがために「スラムの子にこんな問題がとけるはずがない!いんちきだ!」という話になり、警察に連行され虐待もされてしまうという出だしです。その後、その答えを「人生のなかで」しった経緯を担当の弁護士に切々と話をしていくというストーリー展開です。読みやすいうえに、「どんな人生のなかでも必ず人は得るものがある」ということを強く認識させられる話ですのでぜひ読んでみてくださいませ。

 夕方に東京に着いた後に、6時からは松下政経塾東京事務所において、政経塾出身首長会というのがあり、私の政経塾の先輩でもあり、当然各地域の首長でもある皆様と約2時間ほど議論をさせていただきました。出席されたのは、神奈川県の松沢知事、横浜の中田市長、杉並の山田区長、浜松の鈴木市長、藤沢の海老根市長、高萩の草間市長、益田の福原市長、越前の奈良市長、佐久の横尾市長、最近選挙があったばかりのさいたま市の清水市長などなど全国から集まられた改革先進地域の首長さんに加えて、国会議員で自民党の逢沢一郎議員や民主党の前原誠司議員など国会議員の方も5人ほど来られておりました。その議論のなかでは、地方自治体の首長がそろって今の国の施策そのものが「地方の現場」を分かっていないという国会議員への「文句」が多く出てまいりました。私も逢沢議員に対して、国の具体的な補助金のあり方に対して「非効率」な部分を話させていただき、より現場に即したお金の使い方をしてもらいたいとはっきりと言わせていただきました。杉並の山田区長などは「道州制」導入について、国は一切やる気がないようにしかみえないので、首長が団結して腹をかっさばくつもりの覚悟で期限を決めて国を追いこんでいかなきゃいけないと強く提案をされていました。非常に勉強になる有意義な時間でした。

 その後、皆さんで会合の近くのタイ料理の店に移動して、食事をしながらまた夜遅くまで議論を戦い合わせておりました。違う自治体の皆様が抱える様々な課題やそれに対する対応のあり方は松阪市に対しても使える部分があり、今後活かしていきたいと思っております。

 6月2日の朝は、午前中は松阪市教育委員会の方が東京に別の所用で出張があったということで、一緒に「財団法人 原田積善会」の本部に伺わせていただきました。これまでも松阪の福祉や文化行政に多大な貢献をいただいておる団体であり、今後の松阪の歴史文化を生かす上で松阪にある原田邸の整備計画は非常に重要なものでもあるので、一度その本部へ挨拶に伺わせていただくことも必要だと思い今回の機会を得ることができました。

 昼からは、麹町において市長会の分科会が行われましたので、そちらへ向かいました。昼ごはんは、秘書の方とともに会場近くの「二代目 つじ田」というラーメン屋に伺わせていただき、そのお店の「売り」であるつけ麺を食べさせていただきました。ちょうど昼時で30分の行列に並ばせていただきましたが、「市長バッチ」をつけて並ばれている方他に何名かいて「ラーメン愛好市長の会」でも創りたくなりました。

 非常に美味しくつけ麺を食べたのち、市長会分科会に参加いたしました。私は「行財政関連」を議論する分科会に所属し、まず総務省の方から今回の補正予算の内容と公務員制度改革についての話を中心に国の行政としての方向性を提示していただきました。内容としては、特に目新しいものがあったわけではなく、あとはそれが具体的にどのように進んでいくのか、その中身をどのように精査していくのかというところの「政治的判断」につきると感じさせられました。その後、各地域市長会から出てきている議題について、市長会事務局から説明があり、質疑・討論がありました。いくつかの「地域アピール」をするような討論はあったものの、そもそも提案事項がある意味「当たり前」に国に要望していくものであるため、形式的に全会一致で方向性が採択されました。翌日の市長会全体会合でも強く感じたのですが、「集まることが目的」に近いような会合であり、せっかく800人近くの市長が全国から集まってくるのだからその運営や会議のあり方をもう少し考えなくてはと思いました。

 夕方には市長会分科会は終わり、その後知り合いの市長の方々と軽く懇親させていただいておりました。また、終了後私が以前住んでいた群馬県の地方紙である「上毛新聞」から取材を受けて、約30分ほど市長としての現在の取り組みや思い、そして群馬県に住んでいた時に培ったもので今に生かされているものなどを話をさせていただきました。いろんな思い出がある群馬県時代のことも振り返り、また記者の方からも懐かしい話も聞かせていただき、ほんわりと温かい気持ちにさせていただける取材の時間でした。

 その後は、秘書の方とFAXで松阪から送っていただいた議会に関しての資料に基づき打ち合わせをさせていただくとともに、翌日の日程確認を行いました。夜は、今後松阪市政において関係を深めておくとプラスになるだろうと思われる方々と食事の約束があり、遅い時間まで懇親を深めさせていただきました。

 次の日(6月3日)は朝から市長会本会議があり、約800人の全国各地から来られた市長が赤坂プリンスホテルの会場に勢ぞろいする姿はなかなかの光景でした。そのそれぞれの市長が「ひとりひとり市民の幸せと痛み」を抱えていると想像すると、たいへんな集まりであると確認させられました。会合は、今二人の微妙な関係も注目されている麻生総理大臣と鳩山総務大臣御両名のスピーチから始まりました。麻生総理の演説は、文章を読みながらのいまいち迫力と現場感覚に欠ける内容であったとともに、「世界130数国すべての国が。。。。(国連加盟国だけでも180ほどあるのに)」など、原稿を一度手放すとお得意の「失言癖」が出かねないあやうさを感じるスピーチでもありました。鳩山大臣は、よく官僚の方から「お勉強させられている」ことが伝わってくる中身で、現場の感覚もくすぐる内容でもあり、テレビで見せていただく以上になかなか「役者」としての能力を感じました。

 その後は淡々と議事が進行して、ほとんど議論が行われる余地なく全会一致で国への要望事項などが決まってまいりました。これだけのご歴々の方が集まる機会にもう少しなんとかならないものかと今回の市長会を通じて心から感じさせられました。

 午後からは、雑誌の取材があり、4人の若手市長の対談を記事にするということで約1時間半中央大学の公共政策を専門とする教授の司会のもとでお互いに様々な話をさせていただきました。出席者は、島根県益田市の福原市長、大阪府箕面市の倉田市長、そして山口県柳井市の井原市長と私の4人であり、皆さん30代半ばの若々しいメンバーでした。

 それぞれの地域でどのような行政運営をしているのか、今後の課題や取り組み方針などをお互いに話し合わせていただくと一時間半という時間はあっという間に過ぎ去ってしまいました。もともとあまりメモをとらないタイプの私も、青年市長の皆様方の積極的な取り組みを聞かせていただき非常に刺激を受けて、たくさんメモをとらせていただき、今後の行政運営に具体的に反映していきたいと思っております。市長会そのものよりもよっぽど価値ある会合でした。

 会合終了後、倉田市長にはもっと具体的に話を聞かせていただきたいことが多く、無理やり時間をとっていただき、近くの喫茶店で2時間近く話をさせていただきました。こちらの秘書担当と相手方の秘書担当の方と4人で活発な意見交換をさせていただきました。秘書の方同士が「市長が代わってお互いにその方針についていくのが大変ですよね」と私たちの前で妙に合意をしていたところが面白く倉田市長とともに笑っておりました。本当に職員の方々からすると、市長が代わり方針が変わる中で様々な異なる対応が求められる部分が多く、苦労は多いことと思います。ただ、そのなかで「変える」ことが目的なのではなく、とにかく「市民のために」という同じ目標のもとで職員も市長もまったく同じ立場でしっかりと議論し合って一つ一つ前に進めていけばいいと感じています。

 倉田市長の箕面市における具体的な取り組みとしては、たとえば「営業部」というのを創り、外部から公募でその課長を選任して市を様々な観点からアピールするための部局としての役割を持たせたり、各部局から選任された経営改革担当者という役職をつくり、もともとの役職との兼務のもとで市長直属の組織として機能させていたりいろいろと話を聞かせていただき、非常に参考になりました。その過程で議会や市職員との様々な軋轢もあったということでしたが、市長としての筋を貫かれたということでした。本当に素晴らしい機会であり、お互いに携帯の番号を交換して今後の具体的な協力関係を強めていくことも約束しました。

 その後、夕方の5時半から港区にある外務省飯倉公館に伺わせていただき、外務副大臣主催の「レセプション」があり、参加をさせていただき、さまざまな国の大使や外務省の各部局の方々と交流を持つ機会を得ることができました。20人程度の市長や国会議員、JETROの方々なども参加されていらっしゃいました。今後、松阪牛の商標登録の問題について、外務省の方々、中国の特命全権大使、副大臣にも日本国として中国に対して「ナショナルブランドとしての松阪牛」を守っていただくようにお願いいたしました。それぞれの方々、部署には改めて松阪市からこれまでの松阪牛商標問題の経緯と今後の対応のあり方などを文書で送付させていただき、中国政府への直接的な働きかけをしていただく体制にしてまいります。

 外務省関連の様々な方々と情報交換と有意義な交流ができたことは松阪市の今後の市政運営につながる重要な意義がありました。

 その後、品川駅から新幹線に乗り、帰りの列車でもゆっくりと違う小説を読みながら松阪には10時頃帰ってまいりました。

 今回の東京出張を通じて、多くの首長さんと素晴らしい「ご縁」をいただくとともにその方々から具体的な行政運営についても話を聞かせていただくことができたことは本当に有意義でした。自治体規模やこれまでの財政状況、地域の環境や市民気質など異なるところは多いとしても、さまざまな自治体で取り組まれている「先進事例」は積極的に検討を進めていき、時にはつまずきながらも松阪市は積極的に前へ進む自治体として頑張っていかねばならないと思っています。私が思っていた以上に、多くの自治体の方々から「松阪市の変化と期待」に対しての声を聞かせていただいたこともうれしいことでした。「注目をされている」という緊張感のもとで、日本でいちばん「市民満足度が高い」街、日本で一番「市政に関心が強い」街、日本で一番「市民が市政を担う」街になるように努力していきます。

 帰ってきた次の日は、朝から水源地での水神祭に訪れ、水道事業推進における安寧を祈らせていただきました。私もアフリカで水道がないところで生活をした経験が長くあり、雨水や湖の水を飲むことが当たり前で、一度は腸チフスになって苦しんだこともあります。だからこそ、安心安全な水道水があることは決して当たり前のことではなく、行政の努力と水道事業者の皆様の支えがあって守ることができるということを改めて実感をしながら祈らせていただいておりました。

 その後、市役所に戻ったのちには昼まで副市長に対して、今回の市長会で刺激を受けたことを受けてさまざまな市政改革のあり方を改めて具体的に再検討していくための指示をださせていただきました。人事に関すること、観光政策、組織の問題など具体的な話を昼まで激論を交わしておりました。

 昼からは、この数日間でたまりにたまっていた決裁をこなすだけで2時間ほどかかったのですが、その後次の日から再開される議会に対しての調整会議があり、午後9時過ぎまでほとんど絶え間なく激論と穏やかな意見交換を続けさせていただきました。議会に向けての十分な部局との意思統一と市民への説明責任をしっかりと果たしていくための確認をいたしました。

 また、翌日からは議会が再開され、議員の皆様の質問を通して市民の方々へ「市長の姿勢」と「市の将来に向かっての方向性」をしっかり示させていただきます。議員の皆様の質問が的確で、市民の知りたいことであればあるほど私たち行政もそれに基づいて情報提供が行いやすくなりますので、さまざまな観点からの質問をいただけることを期待しております。

 松阪から数日間離れて本当に素晴らしいご縁が広がったと共に、そこから松阪市政に対して生かしていく材料がたくさんありました。これまで以上に「松阪改革」を進めていくうえで、大きな財産と起爆剤とすることができそうです。明日もあさっても皆様方にとって素敵な、そして人生でこれまでで一番幸せな一日になりますよう、心から祈っています。
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