市長のページ
松阪市トップ > 市長のページ松阪市長 山中光茂の『幸せ発見』日記

【市長への手紙】



【Topics】
市役所から飛び出して外の「ご縁」を楽しみました
季節の変わり目から新しい季節に変っていき。。。
この日記を通じて、皆さんと幸せを分かち合っています!
「生きているだけで丸儲け」とすべての瞬間を楽しもう
<<
2009年5月
  1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31  
>>
【過去の日記】
 最新へ
 2009.4.27-2009.4.30
 2009.4.20-2009.4.26
 2009.4.13-2009.4.19
 2009.4.1-2009.4.12
 2009.3.23-2009.3.31
 2009.3.16-2009.3.22
 2009.3.9-2009.3.15
 2009.3.1-2009.3.8
 2009.2.22-2009.2.27

 5月13日~17日
 「市役所から飛び出して外の「ご縁」を楽しみました」
≪5月13日≫
「松阪を美しくする運動推進本部」役員さん表敬訪問
「松阪を美しくする運動推進本部」役員さん
表敬訪問

「電気自動車普及啓発サポートのお願いに・・」EV安全協会研究所所長さん他表敬訪問
「電気自動車普及啓発サポートのお願いに・・」
EV安全協会研究所所長さん他表敬訪問

行政書士会新役員さん「新任のご挨拶をいただきました」
行政書士会新役員さん
「新任のご挨拶をいただきました」

三重県市町長防災危機管理ラボ(県庁講堂にて)
三重県市町長防災危機管理ラボ
(県庁講堂にて)




≪5月14日≫
保護司会役員さんの表敬訪問
保護司会役員さんの表敬訪問

松阪多気地区交通安全対策会議総会
松阪多気地区交通安全対策会議総会

浜松市役所内には障がい者の方々が出しているお店があります
浜松市役所内には障がい者の方々が
出しているお店があります




≪5月15日≫
東海市長会総会風景
東海市長会総会風景

「ふぃっしゅーな」の説明に聞き入っています
「ふぃっしゅーな」の説明に聞き入っています

ヘリも降りることができる最新鋭の漁船です
ヘリも降りることができる最新鋭の漁船です

亀山市の桜井市長さんと
亀山市の桜井市長さんと

海洋深層水・・・やっぱりしょっぱいですね
海洋深層水・・・やっぱりしょっぱいですね

焼津さかなセンターにて こういう雰囲気好きですね
焼津さかなセンターにて
こういう雰囲気好きですね

密かなブームを呼んでいる白いたいやきが、さかなセンターでも泳いでいました
密かなブームを呼んでいる?
白いたいやきが、さかなセンターでも
泳いでいました

袋井市長さんも点字入りの名刺でした!
袋井市長さんも点字入りの名刺でした!




≪5月16日≫
なでしこ花みこしです
なでしこ花みこしです

スタッフのみなさんと・・・献花式
スタッフのみなさんと・・・献花式

光格天皇に着替え中です。
光格天皇に着替え中です。

癒されまーす。
癒されまーす。

「結構上手やん・・」にぎわいまつりで
「結構上手やん・・」にぎわいまつりで

松阪認可保育連盟年次総会(三重中京大学にて)
松阪認可保育連盟年次総会
(三重中京大学にて)




≪5月17日≫
松阪市庁舎整備意見聴取会
松阪市庁舎整備意見聴取会

松阪市庁舎整備意見聴取会
松阪市庁舎整備意見聴取会
 皆さん、こんにちは。青葉の鮮烈な青さにも目が慣れてきた今日この頃ですが、生活のなかでの鮮烈な感動には慣れてしまわないことが必要だと思います。車で移動するのではなくて、道をいつもよりも少し多めに歩く機会をつくると日頃見えなかったものがふと目にとまること、心にとまることがあります。人間では決して創ることができない不思議なぐらい美しい自然の造形美やそのときの自分自身の心のありように呼応するようになぜか魅惑的に響いてくる自然の力に感動を受ける日々です。

 市役所に入り、3か月が過ぎましたがめまぐるしく動く社会の情勢に対応することが市民の幸せにつながる緊張感だけは、薄れることなく、というよりむしろより高まる形で毎日を過ごさせていただきます。市政の内情や対応できることを少しづつ把握してくるにつれて、より私自身の言動や判断の重みというものが感じられるようになっています。

 13日は朝から、清掃課、建設部との協議が続きました。毎日各部局において、具体的な判断事項や市民への説明のあり方などについて協議することが生じてくると共に、当然17万人が過ごす松阪市において同じような案件ばかりがつづくことはありません。バタバタと協議を行うと共に、新型インフルエンザの新しい情報などもどしどし入ってきておりました。11時半からは、「松阪を美しくする運動」推進本部の皆様が挨拶にきていただきました。地域河川の清掃活動や市民への意識啓発などの活動を長年にわたって行ってきている皆様方です。行政としてこれまで活動のサポートをしてまいりましたが、基本的には行政の組織ではなかなか対応できない「市民サービスのすきま」や「きめ細やかな地域への愛情活動」を「自立的」に行っている組織であり、今後とも松阪の地域が美しくなることにますます貢献いただくとともに、地域の皆様の「こころの美しさ」を広げていただくことにもつながってもらえればと感じています。

 昼の時間には、電気自動車開発をされている方が東京から来ていただき、松阪市においても今後「環境」という視点から電気自動車の普及啓発へのサポートを、というお願いにきていただきました。電気自動車が普及するには、各地域に電気自動車の充電をするためのガソリンスタンドならぬ「電気充電スタンド」が必要となってまいります。ただ、当然電気自動車の普及の現実味がない限り、なかなか電気充電スタンドを積極的につくっていくことはリスクがあります。「卵が先か鶏が先か」というような話ですが、今後環境負荷の少ない電気自動車に対しては様々な検討はしていかねばならないと思います。市役所職員の方に数人電気自動車で通われている方もいるそうです。

 午後からは、まず行政書士会の新役員の皆様が挨拶にこられました。その後、1時半からは県庁において市町長防災危機管理ラボが開かれて、県内の市長町長やその代理の方々と防災関係部局の方々が集まり、東京大学大学院からこられた防災の専門家の方から講義を受けました。実際には市長町長はほとんど出席しておらず、副市長などの代理出席が8割を超える状況であったように思います。1時間ぐらい講義が過ぎた時点で、市役所から緊急呼び出しがかかり、急遽副市長を交えて緊急の打ち合わせを行いました。最近は、松阪市において様々な出来事が起こり、多くの関係者に迷惑がかかるのでこの場ですぐには公表できないのですが、市としての迅速な対応が迫られる問題がたくさん出てきております。

 その後、人権についての協議が行われたあと、議会に対しての最終的な打ち合わせを総合政策部と秘書室と行い、夜12時過ぎにやっと解放されました。

 14日には、朝から保護司会の方々が挨拶にこられ、「社会を明るくする運動」についていろいろな説明をいただきました。保護司の方々の活動は、更生をしてもらうために様々な努力と苦労、そして地道な「人間」としての付き合いを続けるなかで行われており、保護観察の方々が社会復帰するさいに円滑に行えるように取り組まれています。肩書としては、国家公務員になりながらも報酬があるわけではなく、実質的にボランティアで地域貢献、そして「人間」に対して心を救う活動をされていらっしゃるわけで皆さん話をさせていただいても本当に素晴らしい方々だと感じました。これからも、地域への、そして人への関わりをどうかよろしくお願いします。

 次に橋西地区市民センターにおいて、松阪多気地区交通安全対策会議が行われ、司会をさせていただきながら会議を進めました。本年度の交通事故死者数は6人となり、昨年同時期と比べて3人増となっております。幹線道路における事故が非常に多く、今後ハード面での整備を国や県と協議するなかで進めていかねばなりませんし、松阪市は「交通事故多発緊急事態宣言」という形で多くの方々に理解をいただかなくてはなりません。交通事故は単に被害者関係者だけが悲しむだけではなく、加害者をはじめ多くの関係する方々へ「悲しみの連鎖」を広げていきますので、本当に皆さん、どうか事故には気をつけてください。愛する人を悲しませないでください。お願いします。

 11時半から昼まで市役所で様々な協議を行った後に、1時7分の政策課課長と秘書の方と近鉄特急に乗りこんで浜松へ向かいました。東海市長会が翌日の朝から静岡の焼津で行われるということで、前日に静岡の浜松に入り、浜松市役所で「マニフェスト実現工程」について、各部局からレクチャーを受けさせていただきました。浜松市長は、2年前に当選後、自身が選挙前に市民に提示したマニフェストの「マニフェスト工程表」を作成して、それに沿った形での行政運営を行ってまいりました。昨年、マニフェスト研究会が毎年実施している「マニフェスト大賞」においてグランプリをとられており、そのマニフェストの中身もさることながら、行政全体でそれに取り組んでいく姿勢と実現過程が評価されたということでした。浜松市役所では、浜松市副市長と政策関連担当部局と広報担当部局の方々が真摯に対応をしていただき、もともと1時間半の予定を延長していただき、約2時間に渡って松阪市の政策課課長とともに、マニフェスト実現のあり方について先進自治体である浜松市の行政としてのあり方を具体的にいろいろと聞かせていただきました。課長ともども本当に学ばせていただき、今後の市政運営で参考になるところが非常に大きかったように思います。私たち松阪市も本年度のマニフェスト大賞に応募させていただくつもりですが、そこに対しての対応を市民にマニフェスト実現を示していく一つの基準として緊張感のある行政運営をしていかねばと考えております。

 5時半ごろ話し合いが終わり、それから各駅停車にガタゴト揺れながら約一時間強で焼津の駅に着きました。私は、電車に乗るのが大好きでその拘束されたような空間のなかでまったりとした時間を過ごさせていただくことにほんのりとした幸せを感じます。お風呂のなかとか電車のなかとか、特に何もすることができない不自由感に幸せを感じるのは、やはり日頃「選択肢」が多い自由な中で精一杯生きてしまう癖があるので不自由な時間や空間がまた魅力的に感じてしまうのだと思います。

 夜7時半ごろから秘書の方と焼津駅前で地酒を飲みながら、まったりとさせてもらい、9時前に駅前から出ているシャトルバスに乗って市長会が行われるホテルに向かいました。ホテルで少し秘書の方と明日の打ち合わせをして、お風呂に行くとちょうど前泊されていた浜松市長が入ってこられ、今日のお礼をいわせていただくと共に翌日ゆっくりと話す時間をとっていただくようにお願いさせていただきました。久しぶりにお風呂にもゆっくりと入らせていただき、体の疲れがいっぺんにとれた気がしました。

 次の日は、朝5時頃に目が覚めていろいろと議会に向けた資料の整理をしておりました。8時から秘書の方と打ち合わせをして、その資料をFAXで松阪に送ってもらったりしていました。9時に受け付けが始まり、ぞくぞくとロビーに東海各県の市長が集まってまいりました。三重県内からも亀山市長、鳥羽市長、伊勢市長などが早々に来られていたので、今後の地域間連携のあり方などについてお互いに相談させていただいておりました。このように市長同士が集まる機会は頻繁にあるわけではなく、お互いに協力関係を話し合う本当にいい機会ですのでしっかりとその機会を生かしていかねばとも思っておりました。地域間のなかで懸案の事項などもあったので敢えて話をさせていただいたこともあります。

 10時から、市長会総会が始まり、私も新参者として紹介をしていただきました。その後、国への申し入れ事項などを協議させていただき、最終的に全会一致のもとで総会も無事終了いたしました。総会終了後に、総務省など国の機関から今回衆議院で通過した補正予算の中身について、具体的な説明もいただくとともに、市長会側からも質問がいくつか出て、実際にいつごろの時期に地方自治体として対応できるか、また、年度繰越の対応について国の認識はどうなのかなどの地方の実情とリンクした議論も活発に行われました。その後、皆さんで昼ごはんを食べ、焼津市の様々な施設への視察をさせていただくなかで、いろんな地域の市長と会話をさせていただきました。なかなかそれぞれの市長には独特の雰囲気のある方々が多く、それぞれの個性が強く感じられました。

 初めて訪れた焼津でしたが、地域の香りが各場所で感じられる素敵な街でした。市場において、3カンほど立ち食い寿司をつまませていただいたのですが、ネタがびっくりするほど新鮮ではりがあり、これまで食べたことがないぐらいおいしいお寿司でした。

 今回、たいへんお世話になった浜松市の鈴木康友市長は私の松下政経塾の大先輩であり、そのご縁を通じて、今年度中にぜひ松阪に来ていただき、マニフェスト実現先進自治体がこれまで取り組んできたことなどについて語っていただきたくお願いしておきました。

 5時半ごろまで、多くの市長から様々な話を聞かせていただき、非常に有意義な時間となりました。共通する課題を持っている自治体などもあり、その解決方法なども参考になりました。

 その後、「大好きな閉鎖された空間」に揺られながら松阪まで帰ってまいりました。名古屋からは、快速みえ(自由席)に乗ってきたのですが、満員の乗客に揺られながら立ちながら物思いにふけっていると「山中市長や!!」と奥様方から声がかかり、「うわ、本物や~」などと言われて、四日市からその方々の前の席が空いたのでそこに座らせてもらい、松阪まで一緒に政治談議や芸能談議を行い、帰ってまいりました。そのなかの話で嬉しかったのは、「山中市長になってから、政治や行政が身近なものに感じられるようになったよ。これまで市政には一切関心なかったんやけど」と言われたことでした。私も、「しっかりと批判が受けられる行政」を目指しているので、より分かりやすく市民の生活に密着した政治・行政を理解していただきたく、日々努力しているつもりです。「議会の傍聴に絶対いくでな」と言っていただきました。今後も皆さんに厳しく見られている緊張感のもとに市政運営とその情報公開を続けてまいります。

 10時頃アパートへ着いて「ふう」と一息つかせていただきました。楽しい空間と時間を味わえた二日間の出張となりました。

 16日の土曜日は、朝から雨が降っておりました。本当に残念だったのが今日が一年に一度の「松阪なでしこ どんな花?祭り」だったからです。この祭りを主催するおかみさんグループのミズ・ネットワークの皆様が事前に市役所にまで来ていただいて市民の皆さんに強くアピールしていたにもかかわらず、雨で中止となってしまいました。この祭りは、「松阪なでしこ」という決して華美ではないけれど可憐な花を多くの方に知ってもらうということと女性の方々が振袖を着て「振袖道中」という行列をすることがメインイベントでした。女性のなかには、何年ぶり、何十年ぶりに振袖を着る機会として楽しみにしていた方も少なくなく(市役所秘書室の女性の方もそうでした。。)、準備されていた方々も行列に参加しようとされていた方々もがっかりされたことと思います。

 ただ、10時から私は駅前商店街に呼ばれて着せ替え人形のように松阪木綿の「和正装」を着せていただき(着るのに約20分かかりました)、屋内におけるイベントに参加をさせていただきました。十二単を着ている「内親王」役の方に献花式をさせていただいたあと、さまざまなイベントを楽しませていただきました。一段落ついたところで、また「着せ替え」をさせていただき、今度は「松阪なでしこ」を愛でたという「光格天皇」役の衣裳をきせていただきました。この衣裳を着て、午後からこのイベントに来ていただいた欽ちゃん劇団に所属する「まんぺいちゃん」と一緒に商店街を練り歩かせていただきました。雨のなか、多くの方々が表に出てきていただき、まんぺいちゃんともども楽しい時間を皆さんと分かち合うことができました。午後3時過ぎまで、「天皇」になりきらせていただき、松阪なでしこの香りと雨の中熱い熱気でイベントを盛り上げていた皆さんの思いを感じさせていただいておりました。雨で十分な盛り上がりでなかったかもしれませんが、本当に手作り感がある素敵なイベントであり、来年もぜひ参加させていただきたく思います。

 脱ぐだけで約20分かかりましたが、スーツに着替えなおして4時から三重中京大学で認可保育園連盟の年次総会と講演会があり、その最後に挨拶をさせていただきました。来ていた多くの方々は若い保育士さんであり、日々現場のなかで子どもにじかに接していらっしゃる方々です。認可保育園は、公立保育園とは違い民間の運営で行われていますが、現在「待機児童」が多い中で、公の役割を代替する施設として市民生活に不可欠な役割をはたしていただいております。保育士の皆さんも、さまざまなストレスや現場でしかわからない苦労がたくさんあるでしょうが、私も必ず各保育園の現状を直接見にいかせていただいて、現場の必要性を肌で感じたうえで「子供の未来を守る」松阪市政をしっかりと創っていくつもりです。

 夜は、6時半から海上自衛隊「第51掃海隊」が松阪港に寄港したため、その歓迎セレモニーに参加させていただきました。そこに参加されていた方々は、自衛隊員を子供にもつ家族や自衛隊の協力会の方々でした。以前、習志野駐屯地において自衛隊合宿研修をしたことがありましたが、私は一定期間だけで「脱獄」できましたが、本当に自衛官の方々が日々そのような修練(私が一週間でいやになるような)を積まれるなかで連日職業として日本という国のため、そこで生きる「人」のためにかけている姿には敬服いたします。私も戦争の跡地で活動をしておりましたが、「平和」は待っていても祈っているだけでも望めるものではなく、また、戦争が行われた跡地を現場から「平穏」を取り戻すことの難しさも感じさせられました。だからこそ、「平和」を創る活動は不可欠ですし、「日本だけが平和」であればいいという感覚では絶対許されないと思っています。世界の平和に貢献できる自衛隊として皆さんには頑張っていただきたいものです。

 17日の日曜日は、朝からバタバタとしておりました。というのが、新型インフルエンザが国内発生したという知らせが入ったため、それに応じた対応を各部局に電話で指示させていただくとともに、午後1時から緊急の対策会議を行うことを決め、連絡網において各部長に呼びかけました。もともと朝からも午後からも予定が入り込んでいたのですが、午後の予定を一部キャンセルしたり、午前中に無理やりまわしたりいたしました。移動しながら新型インフルエンザの情報収集をしながら、午後の会議の資料の整理もしておりました。

 朝からバタバタしながらも10時からは「ほほえみ」という指定生活介護事業所の開所記念式典に参加いたしました。知的障がいのある保護者の方々が中心となって40年にわたって活動してきた「手をつなぐ親の会」の皆様が創られた事業所であり、この建設に対する支援も行政からのサポートが中心ではなく、自分たちでその資金を調達してこられたということでした。少し早くきて、施設をみせていただくとともに利用者の方や保護者の方と話をさせていただいていたのですが、やはり「親なき後」の心配をされていらっしゃいました。私たち行政は「痛み」が大きい障がい者に対する政策については、「財政がないから」という言い訳はすることなく、必ず「まず何より先に」という気持ちで取り組んでいかねばならないと考えています。施設の皆様が「ほほえみ」に包まれると共に、皆さんのほほえみが多くの方々の笑顔にもつながっていくことと思います。

 その後、カラオケ大会と民謡大会でのあいさつに伺わせていただきました。12時半には、市役所に着き、各部局と打ち合わせをした後に1時からの緊急会議を行いました。まずは保健部から現在の発熱外来設置に関しての状況などを説明してもらうとともに、現在の国や県の対応状況について話をしてもらいました。次に私から各部局に具体的な指示を出させていただくとともに、国や県の指示まちではなく、また次のステージに移ったらという甘い認識でもなく、緊張感を持って市として、部局としてできることをやろうという確認をさせていただきました。約1時間半の会議となりました。

 午後3時からは、市庁舎整備計画における意見聴取会を産業振興センターで行いました。建設・まちづくり関連の専門家の先生に3名出席いただき、耐震性がない現在の市庁舎整備を今後どのようにするのかについて意見をいただくとともに、市として現在の整備における予算の見積もりなどを出席者の方々へ説明いたしました。前半は、具体的な整備計画についての説明でしたが、後半は出席していただいた市民の皆さんから率直な意見や思いを聴かせていただきました。「建て替えたほうがいい」という意見もあれば、「いま整備をする必要性すら疑わしい」という意見もありました。また、危機管理の視点から耐震が不可欠な部分から行えばどうかなども意見がありました。今回、2時間強の時間しかなかったため、行政として十分な情報を提示できたとは思えませんし、市民の方々からすると決して十分な意見がいえたとも私も感じてはおりません。ただ、今回の意見聴取会はまず、市庁舎整備を考えるうえでの第一歩でしかないと思っております。皆さんから意見を聴かせていただいたことは非常に有意義でしたし、「説明会」として行政が決断した後に市民の方に諮るのではなく、「意見聴取会」という形で行政が決める判断材料にするため議論が紛糾するのは当然であると思っていました。私自身、最終的には行政のあり方を「責任を持って」決めますが、おそらくどなたにも「少しの不満」が残るかもしれません。それでも私は皆様がたに対して、そして次の世代にしっかりと「説明責任」が果たせる判断を必ずさせていただくつもりです。このように市民の方から直接行政判断に意見がいただける機会は本当にうれしいことです。

 意見聴取会のあとは市役所に戻り、夜まで仕事をさせていただきました。今日も最後は市役所で一日が終わりました。午前様で市役所を出る日が多くなっておりますが、逆にその分市役所に愛着が深まっている気もします。私は、アフリカのいろんな国で過ごしたせいか環境への順応性だけは非常に高い気がしています。市役所職員の方が受け入れていただいているかどうかは、なんともいえませんが私自身は職員の皆様と過ごさせていただくこの市役所の雰囲気が大好きですし、非常に心地よく仕事をさせていただいております。2月から温かくやわらかく受け入れていただいた市役所の皆様には感謝をさせていただくとともに、今後もこの環境で「市民のために」しっかりと頑張らせていただきたいと改めて感じる今日この頃です。

 この数日間も非常に充実したいい日でした。そして、さまざまな場所でさまざまなご縁に恵まれた素敵な気分に浸れた瞬間を積み重ねることができました。ありがとうございました。皆さんの明日も、ますます素敵に輝きますように。。。。
≪画面TOPへ戻る≫

 5月11日~12日
 「季節の変わり目から新しい季節に変っていき。。。」

早朝街頭指導





松阪市入札等監視委員会から
意見具申書をいただきました。





楠井委員長から具申書の報告を伺いました




南三重活性化協議会理事会
南三重活性化協議会理事会.




南三重活性化協議会総会
南三重活性化協議会総会








































部長会議
部長会議

公共機関へ消毒用アルコールジェルをご寄付いただきました
公共機関へ消毒用アルコールジェルを
ご寄付いただきました

松阪市特別職報酬審議会からの答申
松阪市特別職報酬審議会からの答申

花岡地区民生委員児童委員の方にご訪問いただきました
花岡地区民生委員児童委員の方に
ご訪問いただきました

松阪地域雇用対策協議会総会
松阪地域雇用対策協議会総会

選挙管理委員会委員さん訪問
選挙管理委員会委員さん訪問
皆さん、こんにちは。最近は、「季節の変わり目」という季節が過ぎ去って、「夏」という季節の入口に入ってきたように感じます。スーツを着て、ネクタイをしめているとじんわりと汗がにじむ今日この頃になりましたが、季節の変化の速さに皆様は体調を壊されていないでしょうか。

 5月29日から、5月議会が始まり、その初日には私の市政に対するビジョンを含めた「所信表明」を行います。具体的に今回予算計上をした政策について話をさせていただくとともに、これまで通りの予算額であったとしてもその方向性や中身が変わっているものもあり、全体としての私自身が市民に向けた説明責任を果たすものとして、そして松阪市の将来を感じてもらえるものとなるように創らせていただいております。最近は、他の仕事や行事が一区切りついた夜間に市役所のパソコンを一人たたきながら、その中身の最後の整理を行っております。

 5月11日(月)の朝は、早朝街頭指導から始まりました。毎月一回、朝の7時半から職員の皆さんと警察とで一緒になって交通事故防止に向けたキャンペーン活動を行わせていただいております。一時間、市内各地域を回りながら、ときどき交通事故多発地点や道路や信号などの状況が不適切な部分においては車から降りてその場所を確認するとともに、通学する子どもたちに声をかけさせていただいたり、地域の交通ボランティアの方々と地域の安全についてなど話を聞かせていただいております。今後も続けさせていただくなかで、「不幸の連鎖」を生み出す交通事故ゼロの街になるようにしていかねばと思っています。

 午前中には、さまざまな部局との協議があったり、緊急な行政課題が発生したりでお客さんの予定が病気のためキャンセルされて、30分時間のゆとりが生まれるかと思っていたら、そんな余裕もなく相変わらずバタバタしていた午前中でした。

 11時からは、入札等監視委員会の皆さんから現在の入札制度の課題であったり、契約管理の今後のあり方などについて意見具申をいただきました。約30分間、さまざまな課題について提言をいただくとともに、私としても今後この意見具申を受けてさらに制度の「透明性と公平性」が高めていけるような取り組みを進めていくことを約束させていただきました。入札制度については、「この制度が正しい」という結論はありませんが、他の先進事例なども考慮して試行的な取り組みを行っていくと共に、現在の経済状況のなかで様々な各種業界の状況の厳しさへの配慮も必要ではあると考えています。ただ、どのような制度をつくるにしても市民の税金がつぎこまれる問題ですので、それを無駄にせず説明責任が果たせるものにしていきます。

 12時から数人の来客にきていただきましたが、時間の都合上みなさん5分から10分程度しかお会いできなくて、多くの方とじっくりと「ご縁」を楽しみたいのですが、いつも本当に申し訳なく思っております。昼休みの時間しかお会いできないこともあり、最近では昼の時間も詰まってきてしまいました。。。。

 1時半からは、産業振興センターにおいて南三重活性化協議会の理事会と総会がありました。この協議会は、三重県の松阪以南地域の自治体首長や商工会議所、観光関連産業の方々が集まっていただき、今後の方針を決めていくものでした。昨年度までは、私が会長職を引き受けている松阪市が中心となって市内のイベントなどに、尾鷲市や熊野市などの物品販売を行ったり、「松阪市内」が主な事業内容でした。今回の総会では事業予算も倍にさせていただくなかで強く提案させていただいたのは、松阪市内に他の市町を呼ぶだけではなくて、協議会の各市町において観光交流イベントを行うことや愛知県の金山に伺うなど、南三重圏外に出向いて南三重の魅力をしっかり伝えていくことを検討させていただきました。ただ、残念だったのが今回の協議会総会に他市町の首長の参加が非常に少なく、理事会や総会のなかで活発な意見がでなかったということであり、今後は松阪市がもっと引っ張っていきながらも「松阪市の熱さ」を他の地域にしっかりと広げていく取り組みをしていかねばと思っています。
 松阪市外でこれを読まれているみなさん、どうぞ南三重地域におこしやす!

 その後、津市内において特定の重要な問題についての協議があり、約2時間各担当者の方々と話し合わせていただきました(相手方がある問題で、今はここまでしか報告できず申し訳ありません)。

 改めて7時半ごろに松阪市役所に帰ってきたのですが、様々な案件が生じており、緊急の会議が継続的に行われ、なんやかんやしているといつの間にか午前様になっておりました。その後、少し一日のことを整理する意味で日記を書かせていただいて、一時頃には帰宅の途につきました。いろんな問題が出てきた一日でしたが、なんとか乗り切った~という感じの一日でした。

 12日(火曜日)は、朝から様々な協議事項がありました。その後、9時から毎週恒例の部長会議と経済対策を中心とする部局間情報交換会議を開催いたしました。新型インフルエンザの現状と市としての対策の確認をまず行い、その後私の所信表明について、各部局からの意見を具体的に聞かせていただきました。情報交換会議においては、相変わらず企業や市民生活の現状には厳しいものがあり、当然ながらまだまだ行政としてサポートの手をゆるめることができないという現況を確認いたしました。

 10時からは中核工業団地にある健栄製薬さんから、「手ピカジェル」というアルコール消毒用品の寄贈をいただきました。保育園・幼稚園・小中学校へということで1500本を超える物品をいただき、早急に各教育施設に配布させていただき、感染症予防に対して子どもの意識づけがしっかりと行われることを期待しています。

 その後、先般行われていた特別報酬審議会からの答申を会長から受けました。この答申が出てくる審議会での議論の経緯なども聞かせていただきました。9人の委員のうち、議長である会長を除いた8人は、議員報酬の引き下げ4人と現状維持4人にわかれてかなり激しい議論があったということでした。例年ならば、ほぼ全会一致のなかで答申がつくられるのが通例らしいのですが、今回は約一時間半の議論に及び、どうしても採決をとらざるを得なくなり、最後は議長決裁のなかで「現状維持」の結論を出されてということでした。会長にも話をさせていただいたのですが、当然審議会答申は最大限尊重するものの、審議会の「結論」だけではなく、その議論の経緯を含めて慎重に判断させていただくなかで行政としての最終的な結論を出させていただくといわせていただきました。現在の100年に一度といわれる大不況と市民生活の苦境のなかで、当然特別職である市長副市長はもとより、2元代表制の一翼を担う議会議員にも現在の状況に対しての様々な判断をしていただきたいという思いはあります。今日は、ここまでしか書きませんがしっかりと今後議論を深めていかねばならない課題であると考えています。

 午後1時からは花岡地域の民生委員の皆さんが訪れていただき、日頃の活動報告をいただくとともに、夏に行われる民生委員の皆さんの会議において市長を交えて市政についての意見交換会を開きたいという要望をいただきました。このような申し入れは非常にうれしいことであり、なかなか時間がとれないのが残念ですが、可能な限り多くの方々や団体の方々と話をさせていただけることは幸せであると感じています。

 その後、2時からは商工会議所において地域雇用対策協議会総会が行われ、明和町、多気町、大台町を含めた広域首長と商工会代表が集まり、現在の厳しい経済状況のなかでの雇用対策について話し合いが行われました。雇用対策などについては、単に松阪市だけの問題ではなくて広域自治体で、そして他業種間の連携のもとで対策が行われなくてはならず、さまざまなアイディアや対策を共有していかねばならないと再確認しました。

 3時半からは新任の委員の方も含めて選挙管理委員の方々が挨拶にこられ、今年必ず行われる今後の選挙における話や地方における投票所の問題などについても話合わせていただきました。その後は、農業関係団体や食肉団体との話し合いがあり、今後の農業政策や食肉政策についての展望を語りあわせていただきました。

 この日も、深夜近くまで様々な協議がつづき、最近は夕ご飯を「本日中」に食べれないですね。帰りがけにコンビニでちょっとつまみ食いするようなものや自分へのご褒美としてのちょっと高めのアイスクリームを買って食べるのが、ほっとひと息する幸せの瞬間です。このアイスクリームが最近おなかのお肉に反映させているのかもしれません。

 皆さんは、「5月病」にならず元気にお過ごしですか。私も、日記を書く時間がなく、なかなか更新できないストレス以外は精神的にも肉体的にも非常に元気で、「市民の幸せ」につながる公務を楽しませていただいております。「季節」が変わっても、「私自身」は変わらない様々な方々とのご縁に支えられて生かされております。明日の皆様の幸せを願いながら、今日も一日終わることができました。ありがとうございました。皆さんの幸せを、またいろいろと聞かせてくださいね。楽しみにしております。
≪画面TOPへ戻る≫

 5月7日~10日
 「この日記を通じて、皆さんと幸せを分かち合っています!」
≪5月7日≫
時事通信社のインタビュー風景
時事通信社のインタビュー風景

三社みこし事務局さんの表敬訪問
三社みこし事務局さんの表敬訪問

国連公認画家 丁紹光画伯が手書きされた目録をいただきました
国連公認画家 丁紹光画伯が
手書きされた目録をいただきました

「丁紹光美術展」松阪市文化財センターにて
「丁紹光美術展」松阪市文化財センターにて

≪5月8日≫
松阪人権擁護委員協議会総会
松阪人権擁護委員協議会総会

有料老人ホーム竣工披露
有料老人ホーム竣工披露

5月31日に開催される「西山まつり」のPR
5月31日に開催される「西山まつり」のPR

嬉野自治会連合会総会
嬉野自治会連合会総会

松阪市特別支援教育振興会定期総会
松阪市特別支援教育振興会定期総会

「乳がん検診啓発活動」男性も対象とした活動を行なっていきます
「乳がん検診啓発活動」
男性も対象とした活動を行なっていきます

後ろには多くの男性の姿も・・・
後ろには多くの男性の姿も・・・

◆100歳おめでとうございます◆
小森さん
小森さん

濵さん
濵さん

石橋さん
石橋さん

藤井さん
藤井さん

福西さん
福西さん

≪5月9日≫
松阪市ボランティア連絡協議会で講演しました
松阪市ボランティア連絡協議会で講演しました

演題:(「他者への愛」を持てる社会へ)お話しさせていただきました
演題:(「他者への愛」を持てる社会へ)
お話しさせていただきました

参加いただいた方々からご質問をいただきました
参加いただいた方々からご質問をいただきました

≪5月10日≫
松浦武四郎記念館定期講座・友の会総会
松浦武四郎記念館定期講座・友の会総会

たくさんの方々が講座にご参加されてみえました
たくさんの方々が講座にご参加されてみえました

奥香肌あまご釣り大会表彰式
奥香肌あまご釣り大会表彰式

会場の櫛田川上流「唐谷川」
会場の櫛田川上流「唐谷川」

会場の櫛田川上流「冬見谷川」
会場の櫛田川上流「冬見谷川」

朝見まちづくり協議会第4回定期総会
朝見まちづくり協議会第4回定期総会
皆さん、こんにちは。連休が明けて、休み疲れにより体調を壊してしまった方もいらっしゃるのではないでしょうか。連休を利用して普段できないことを激しく行った方もいれば、日頃の疲れをゆっくりと休めた方もいることでしょう。「連休って何?」というぐらい働かれていた方はお疲れ様でございました。どちらにしても、皆様にとって素敵な毎日のなかで様々な幸せを感じる毎日を送れた日々であったのでしたら嬉しく感じます。

 7日(木曜日)は、朝8時頃出勤をして連休中の様々な出来事を各部局から連絡を受けるとともに、状況が変わった問題などについて協議を行いました。普段、感情を出すことが苦手で、人に対して強く当たることができない人間なのですが、今日は明らかに報告をすべき問題について報告が遅れた部局の担当者に対してかなりきつく話をさせていただきました。自分自身は、「怒る」「喜ぶ」「悲しむ」「寂しがる」などのいろんな人間らしい表現を表に出すのが非常に苦手な人間だと昔から思っています。人生のあるタイミングでこのような癖がついてしまった気がします。感情を自然に抑えてしまい、本来持っている感情とは全く異なる感情を意識的に表に出す(たとえば、怒りたいときにいつのまにか満面の笑顔になっているなど)そんな習性まで持っているところがあります。単純に、素直に生きて、素直に毎日を送っている自覚はあるのですが、他人からみると「複雑」に見える生き方や姿にみられるのは、感情が素直に表にでていないからかもしれません。

 9時からは次年度からの組織改革についての会議を約1時間行いました。就任後、3か月を経て、予算の査定や日々の行政運営の具体的進行のなかで、現在の組織機構では決して効率的ではないと思われる組織のあり方を今後どのように整理していくかについてかなり具体的に協議を行いました。私から特に現在の問題と思われている部分と自分自身の政策実現のために必要な組織のあり方について提言させていただき、さまざまな意見交換を重ねました。この一年間、具体的な協議を進めていくなかで、事業に停滞や混乱が起こらないような配慮を行う中で次年度の4月からは新しい組織として松阪市役所がスタートできるようにしていくつもりです。

 その後、何組かの来客と決裁を間にはさんで、11時半には財団法人原田積善会の理事長が東京から訪問をいただきました。原田積善会からは、武家屋敷として文化的な価値の高い原田次郎邸の寄附をいただいており、原田邸の今後の運営のあり方についてなどを理事長と昼ごはんを一緒に食べながら話をさせていただいておりました。覚書を交わすことで今後の運営の共同責任のあり方などを確認するとともに、「次の世代」に向けて歴史的な町並みを保存することの意義などについて語りあわせていただきました。

 午後からは山室山消防団の方が来られて、消防団に関して具体的な要望を受けました。私も以前、花岡消防団に所属しておりましたが、だいたい出動の時に津で開会されている県議会いて、ほとんど出動できない役にたたない団員でした。その後、時事通信社の取材を30分間受け、これまでの自分自身の生き方について聞かれました。さまざまな裏話も話をさせていただきました。メディアの取材には、「市長なのにこんなこといっていいの?」ということでも平気で「人間 山中光茂」として話をさせていただくことにしています。

 その後、契約管理課と今後の入札制度や契約のあり方について協議を行いました。以前にも書かせていただいたように契約のあり方については、より透明性と公平性が図れる制度をしっかりと創っていかねばなりません。

 次に来られたのが「三社みこし世話人会事務局」の皆さんが今年の祗園祭での「三社みこし」と子どもさんの「子若みこし」のPRに来ていただきました。私も昨年はみこしを2時間ほどしっかりと担がせていただいて、次の日の朝には背中から肩にかけて、みこしの重みによる大きなあざができていたのを思い出します。非常に激しいみこしであり、若い方だけではなく、年配の方も、また女性の方も皆さんが本当に熱くお互いのみこしを戦い合わせるような熱気のもとで行われていました。今年もぜひ、担ぎ手として参加させていただき、盛り上げに一役買わせていただければ幸いです。

 その後、5月議会に向けた最後の打ち合わせが行われており、時間が少し空くごとに各部局が入れ替わりで市長室にきて最後のつめを行っておりました。4時からは、市の文化財センターにおいて、中国の丁紹光さんという画家の方が絵画を寄贈いただけるということで直接お会いさせていただき、目録を受け取らせていただきました。以前から、丁紹光さんの絵の素晴らしさには触れさせていただいており、平和への思いや家族愛など人間の心の根幹にある温かさやそれを求める人々の希望が描かれた作品のなかからあふれ出てきております。いただいた8作品は、教育委員会への寄贈として今後学校施設などに展示させていただくことで、できるだけ多くの子どもたちに多様な感受性を持っていただく糧になればうれしく思っています。私自身も作品を楽しませていただき、眼福が肥やせた素敵な時間を過ごすことができました。

 6時からは消防本部管理職の皆様との懇親会が8時まであり、現在の消防体制・救急体制などについて熱く語らせていただきました。就任してから強く感じているのですが、やはり、消防の皆様方は消防長をはじめとして、行動や判断が消防の現場のみならず、政策形成や実現に向けての取り組みも迅速であると感じさせられます。この懇親会でも「他の自治体がやっていないからやらないのではなく、どこでもやっていないことを松阪だからこそやりたいんです」と消防長が言われた言葉には非常に共感させられました。他の自治体で行われるのを、自治体同士で牽制しあっていればいつまでも「市民のため」という視点では政策実現は図れません。「現場感覚」「市民感覚」のもとで慣例ではなく、必要性に応じた迅速効果的な政策実現が大切だと改めて感じました。

 当初は懇親会でゆっくりとお酒でも飲みながら話しましょうという予定でしたが、市役所に戻って協議がたまっておりましたので、真面目に話し合うだけ話あわせていただいた後に、また、市役所で夜の12時過ぎまで様々な今後の方針に対しての協議をさせていただきました。連休明けで、議会までの補正予算に対する時間が十分ではないので当面の間は、土日も含めて深夜まで及ぶ仕事になりそうです。

 8日(金曜日)は、朝の9時から三重テレビの取材を受けました。最近、各新聞や雑誌からも「就任3か月」という区切りのなかでのコメントを求められたり、感想を聞かれたりすることが多くなりました。ただ、今回の5月議会で予算を計上して政策実現を具体的に行っていく中で、時期的に「今」なかなか公言しにくい部分があり、答えに困るところもあります。素直に3か月を過ぎた今、市役所のなかでバタバタとせわしくしながらも、市の職員の皆さんと市民の皆さんのご理解を得ながら、自分なりには外部環境の大きな変化のなかでも円滑に行政が進んでいるなかに溶け込ませていただいていると感じております。

 10時からは、法務局において松阪人権擁護委員協議会総会が行われ、私自身がアフリカで過ごしたときの体験を含めて話をさせていただきました。アフリカでも、黒人への差別や女性や子供への差別・虐待などを現場のなかでみてきたなかで、一度つくられてしまった「人権への侵害」「社会での差別」はなかなか現場において取り返すのが大変なので、政治や行政がそれを創りださない不断の努力をしていく必要があると思っております。日々、現場で取り組まれている擁護委員の皆さんのご苦労が無駄にならないためにも、まずは行政における取組みがなにより大切であると改めて感じました。

 11時からは、住宅型の有料老人ホーム「陽だまりの庄 松阪」において三雲地域で竣工披露が行われましたので、挨拶に伺わせていただきました。本来、行政としての取り組みとしては、病院から出た介護を必要とする方々を安い費用で受け入れてもらえる「特別養護老人ホーム」や「老人保健施設」の整備を行っていくことが不可欠であり、現実にその方向性を持っております。ただ、整備の現状が十分でないなかで、病院を出された高齢者の方々のすべてが特養施設や老健施設に入れるわけではなく、値段が高くても「有料老人ホーム」に入らざるを得ない、頼らざるを得ないという現状もございます。そのような現状のなかで地域に住宅型の有料老人ホームができたことは間違いなく喜ばしく歓迎することである一方で、当然費用的にそこには入れない方々が数多くいるなかで、特養などの施設の整備を市として今後もしっかりとサポートしていかねばと考えています。

 12時に市役所に戻ると、ちょうど飛び込みで農業研究所の所長が「西山まつり」のPRに来ていただいておりました。毎年私も参加させていただいている嬉野にある農業大学校と農業研究所が中心となって行われている祭りなのですが、多くの地域内外の方々が参加するイベントとなっています。今年は5月31日に農業大学校・研究所施設周辺において行われ、農業体験や研究所でつくった野菜や果物の販売なども行っています。また、多くの方々に「農業の楽しさ」を感じていただくためにも参加いただきたく思います。

 12時半には、保健部の方々ともども車で市役所を出て100歳訪問に向かいました。今回は5人の100歳の方を訪問させていただいたのですが、皆さん本当にお元気で家族や施設の方々に改めてお祝いをしていただいており、幸せそうな笑顔をされていたのがなによりうれしく感じました。今後も毎月、100歳の誕生日を迎えた方々への訪問は続けさせていただき、「幸せの笑顔」を感じさせていただこうと思っています。100歳の皆さんにも就任以来10人ほどあわせていただいてきましたが、「何にでも感謝」「なんでも好きなんや」というような言葉がよく出てきます。そして、ご本人にお会いさせていただいた感じや、家族の方に話を聞かせていただいても「自由な心とこだわりのなさ」「物事をそのまま受け入れる心」という方が長生きされている気がします。私も今回の訪問で100歳の方をお祝いさせていただきながら、皆さんから人生のあり方を考え学ばせていただきました。ありがとうございました。

 100歳訪問を回らせていただきながら、その移動の間にさまざまな行事にも参加させていただきました。1時からは嬉野自治会連合会の総会に参加し、挨拶をさせていただきました。嬉野地域の自治会長が出席して、地域の課題や今後の展望を話し合う場ですが、中川駅周辺の開発に伴い、新しい自治体もいくつか増えてその自治会長も新たに参加されていました。地域の住民の声に最も近い組織ともいえる自治会の意向を今後も謙虚に聞かせていただかねばなりません。

 2時半からは、橋西市民センターにおいて「特別支援教育振興会」の定期総会に参加しました。特別支援教育に携わっている教職員の方々が集まっておられ、現在の障がい児の学校における状況や今後の課題などを報告していただきました。「障がい者・児」の問題は決して他人事ではなくて、「他者の痛み」を理解し、いつか降りかかる可能性のある自分の問題として今後も考えていかなくてはなりません。

 4時には、飯南の100歳訪問に向かうまえに大石地区市民センターに立ち寄り、今回市民病院が中心となって始めた「乳がん検診率アップ大作戦」の取り組みの第一弾としての「男性を含めた乳がん講座」で私も話をさせていただきました。男性の皆さんも積極的に参加をしていただき、乳がんの自己検診を指導したり、乳がんの早期発見早期治療をする意義などを市民病院のお医者さんが話をしました。男性をも対象にというのは、私が強く提案したのですが、パートナーである女性の体について男性が理解をし、しっかりと考えることはお互いの愛情を更に深める意味でも大切であると思っています。予想以上に多くの男性の方が奥さまとともに来ていただいていたのは本当にうれしく感じました。

 5時半ごろには市役所に戻り、また再び予算の最終的な整理などをしていたのですが、途中で一度電力会社の方々との食事会があり、風車や太陽光発電の問題点などを熱く語り合い、今後先進地の現場視察にいくことなどを約束させていただいたりしておりました。9時頃に会合がおわり、当然のように再び市役所へ戻り、午前一時ごろにやっと仕事が一段落がついて帰宅の途につくことができました。いつも書くのを楽しみにしている日記をなかなか余裕をもって書くことができないことがちょっとストレスに感じていました。

 土曜日は、朝から代議士の事務所を農林水産部の皆様と松阪牛連絡協議会の皆様などとともに訪れて、現在中国で商標の問題が出ている「松阪牛(現地では松板などとなっています)」の問題について、国の問題としても把握していただいてブランド維持に向けてとりくんでいただきたいとお願いにあがりました。松阪牛ブランドは、単に松阪地域だけの「ローカルブランド」では決してなくて、日本が誇る「ナショナルブランド」であると思っております。これまで、農林水産省や外務省、特許庁などに松阪市からアプローチしても「松阪の問題だから独自でやって!」という雰囲気でしたので、「国家としての問題」として、全国一として誇れる「松阪牛ブランド」を国として守ることは、今後様々な日本のブランド、地域のブランドを守る先鞭をつけることになりますよ、という意識を官僚の皆さんに持っていただきたいと代議士にお願いさせていただきました。快く代議士は国へのパイプ役を引き受けていただき、今後も松阪市と国との連携を約束していただきました。

 その後、10時半からは秘書室に無理に時間を空けていただき、アパートの近くの眼科にいってきました。この数日間、左目が痛くてずっとぼやけて見えていたのですが、到底眼科に行く時間がなかったのですが、ようよういけるようになり、診察をしていただくとコンタクトレンズに大きな傷がついていて、左目に炎症が起こっているとのことでした。「医師の不養生」とはまさにこのことです。。。。新しいコンタクトレンズを購入して、目薬の処方もしていただきました。

 午後からは、松阪市ボランティア連絡協議会の総会があり、そのなかで1時間半ほど「ボランティア」についてや市政にかける思いを語ってほしいといわれたので、講演をさせていただきました。私自身も就職前にはボランティア活動をずっとさせていただいていたので、敢えてアフリカにおけるボランティア活動のときの「若かりし山中光茂」の活動写真も交えて話をさせていただきました。アフリカの話になると自分自身が政治の世界に入った原点にもつながる話となるため、非常に熱くなってきて、もともと一時間半の予定が質問もいれて結局2時間を超えてしまいました。日本からみると「地球の裏側」での出来事で普段なかなか関心を持ってもらえない問題ですが、皆さん真剣に「目をそらさず」聞いていただき、終わった後も活発なご意見や感想もいただけたので本当に話してよかったと感じました。来ていただいた皆様は、障がいのある子どもさんを抱えるお母さん方も多かったのですが、自分自身が痛みを持っているにもかかわらず、「他者の痛み」に対してもしっかりと感じて聞いていただいていたのが本当にうれしかったです。

 その後、再び市役所に戻り、議会の初日に私自身が話さなくてはいけない今後の松阪市の方向性としての「所信表明」をつくらせていただいておりました。書いていくとどんどん力が入って、いつのまにか非常に長い文章になり(この日記と同じですね。。。)、整理をしなくてはいけなくなりました。5月29日の議会初日にはしっかりと皆さんに方向性が伝わるものとして話をさせていただくつもりです。楽しみにしてください。

 日曜日には、朝から松浦武四郎友の会の皆さんが主催する記念講座の前段で話をさせていただきました。アイヌ民族の衣裳をしっかりと着せていただき、皆さんの前で話をさせていただきました。もともと濃い顔ですので、昔から北海道か沖縄の出身と間違えられることが多く、民族衣装が自分で言うのも恥ずかしいですが結構似合っていたと思います。松浦武四郎の素晴らしいところは、当時の幕府からの抵抗を受けながらもアイヌ民族という「異文化環境」に飛び込んでその民族文化をそのまま受け入れて交流したところであると思っています。今の時代であるからこそ、「他者への寛容性」という感覚や「異なる価値観の尊重」という大切さを武四郎から学ばなくてはいけないのだと感じています。

 その後、飯高の奥香肌地区で行われていたあまご釣り大会に伺わせていただきました。ついたら、皆さんのあまご釣りがちょうど終わったころで、あとは表彰式を迎えるといったときでした。いろんな方から話を聞かせていただくと、松阪の方だけではなくて半分ぐらいの方は名古屋や奈良や和歌山など他地域からこられており、飯高の自然のなかで多くの地域の方々が釣りを通して交流していることも素晴らしいことだと感じました。約2時間のあまご釣りで一番釣った方は100匹を超えていらっしゃいました。飯高振興局の職員の方も参加したらしいのですが、結果は「1匹」であったということです。その職員の方からは「市長におみやげをたくさんあげるつもりだったのに残念でした」とのコメントだけいただきました。川沿いのところで景色を眺めて、少しまったりさせていただくとなんだか幸せな気持ちになります。なかなか仕事がせわしくて飯高のほうにあがってこれないのですが、車で来る途中の景色を眺めているだけで日々のせわしさを一瞬忘れさせてくれますね。この地域の素敵さは必ず次の世代に伝え、その素敵さを感じる心も伝えていきたいものです。

 飯高からこの日も市役所に一度戻り、夜まで市役所で様々な仕事をさせていただいておりました。休日に市役所にいっても大抵様々な部局の職員の方々が出勤して平日にやりのこした仕事をやっておられます。

 夜の7時半からは、朝見まちづくり協議会総会に参加させていただき、最初の20分ほどはこれまでの協議会の活動を紹介スライドで見せていただき、その後あいさつをさせていただきました。朝見まちづくり協議会は、松阪市内だけではなく、全国にも「まちづくりのモデルケース」として視察に来られるぐらいになっています。地域のことは地域が考えて実行していくという、「地域内分権」のトップランナーとして、そして松阪市の将来の地域ビジョンの方向性としてのモデルケースとしても大きな役割をはたしていただいております。これまで、日記のなかでも何度か述べましたが、今後は「まちづくり協議会」の位置づけをいまより明確にしていくことで、住民が自分たちの地域のことを誰より一生懸命考えるまちづくりをサポートしていきたいと思っています。

 この日記の愛読者のなかには、たまには短い日記を書いたり、日付を飛ばしたり端折ってもいいのに、という方もいらっしゃいますが、「文章を書くのが大好き」であり、毎日のことを「可能な限り正確に伝えたい」という思いが私のなかであふれかえっておりますので、仕事との兼ね合いで遅れたとしても必ず毎日のことを皆様がたに伝えていくことだけは妥協はするつもりはありません。ここで皆さんとつながっていることが私の「大きな幸せ」でもありますし。

 今後も、皆さんの市政への温かく厳しいまなざしとともにこの日記も「幸せ発見」しながら進めていくつもりです。いつもありがとうございます。皆さんの明日が、昨日や今日よりもさらに幸せがつみあがっていく明日になりますように。。。。
≪画面TOPへ戻る≫

 5月1日~6日
 「「生きているだけで丸儲け」とすべての瞬間を楽しもう」
≪5月1日≫
かわいい草花ですが、雑草と呼ばれたりします(ムラサキカタバミ)市長室よこテラス
かわいい草花ですが、雑草と呼ばれたりします
(ムラサキカタバミ)市長室よこテラス

市長から「新型インフルエンザ」に対するお願い・記者クラブにて
市長から「新型インフルエンザ」に対する
お願い・記者クラブにて

松阪市特別職報酬審議会「委員さんへの辞令交付」
松阪市特別職報酬審議会
「委員さんへの辞令交付」

てい水校区老人クラブ連合会総会
てい水校区老人クラブ連合会総会

百五経済研究所との意見交換
百五経済研究所との意見交換

日中文化交流を行なっている竹本様
日中文化交流を行なっている竹本様

名古屋大学 加藤準教授とシンポジウムの打ち合わせ
名古屋大学 加藤準教授と
シンポジウムの打ち合わせ

地域密着情報誌「ふぁみんぐ」の取材を受けました
地域密着情報誌「ふぁみんぐ」の
取材を受けました

≪5月2日≫
藍染挑戦!
藍染挑戦!

ゆうづる会の皆さんと木綿のハンカチにあい(LOVE)染めました
ゆうづる会の皆さんと木綿のハンカチに
あい(LOVE)染めました

青空のもとで
青空のもとで

おひさま体操のメンバーの皆さんと
おひさま体操のメンバーの皆さんと

「人文字作りました」はしご車に向ってみんなでにっこり
「人文字作りました」はしご車に
向ってみんなでにっこり

≪5月3日≫
滋賀県日野町お祭りにお招きいただきました
滋賀県日野町お祭りにお招きいただきました

馬見岡綿向神社にてしゃくなげ大使のお二人と
馬見岡綿向神社にてしゃくなげ大使のお二人と

曳山の上には蒲生氏郷公のダシが・・・
曳山の上には蒲生氏郷公のダシが・・・

感応館の景観に考慮されたカーブミラー
感応館の景観に考慮されたカーブミラー

桟敷窓から渡御を拝見させていただきました
桟敷窓から渡御を拝見させていただきました

なんだか、ほんわりとした気持ちになりました
なんだか、ほんわりとした気持ちになりました

なんですって~!白いたいやき・・・
なんですって~!白いたいやき・・・

県の文化財をお客様に開放し観光案内の拠点・休憩スポットに活用してみえます
県の文化財をお客様に開放し
観光案内の拠点・休憩スポットに
活用してみえます

藤澤町長さんにまちをご案内いただきました(後方には綿向山)
藤澤町長さんにまちをご案内いただきました
(後方には綿向山)

電線に注意しながら曳山が進んでいきます
電線に注意しながら曳山が進んでいきます
皆さん、こんにちは。いや、本当にご無沙汰しておりました。ゴールデンウィークは皆さん、いかがお過ごしでしたでしょうか。私にとって、「連休」にはなりませんでしたが、この数年間で初めて丸一日プライベートな日が取れたので本当に幸せを感じることができました。「休み」という感覚が長年なかったので、逆に時間が空くと何をするのか迷いに迷ってしまいますし、なんだか不安にすらなってしまいます。以前から、仕事を通じてストレスを感じることはほとんどなく、毎日働かせていただく緊張感は私にとっては元気の源でもある気がしております。最近、テレビで「IMALU(いまる)」という雑誌モデルがよく出てきておりますが皆さんご存知でしょうか。特徴的な名前なので、知っている方も多いと思いますが、明石家さんまと大竹しのぶの娘であり、ZIPPERという雑誌の専属モデルをしています。今日、敢えてこの話題を書いたのは、その「いまる」と名前の由来が私にとって素敵に感じたからです。「生きているだけで」「丸儲け」の頭文字の「い」と「まる」をとって「いまる」としたそうです。「子供の名前になんて安易な。。。。」という声も聞こえてきそうですが、「生きているだけで丸儲け」ってなんだか素敵だと思いませんか。「生きているだけ」の人間の素晴らしさって、意外と当たり前に生きている中で忘れてしまっていることではないでしょうか。「当たり前に生きること」の難しさとつらさ、だからこそ「当たり前の幸せ」を感じることの美しさと素晴らしさ、改めてそんなことを考えてしまいました。皆さんのゴールデンウィークは、どのような「当たり前の幸せ」を感じて生きて「丸儲け」をしたでしょうか。

 最近、日記の更新が遅れに遅れて本当に申し訳なく思っております。5月1日から1週間のことを様々な「ご縁」を記させていただくと共に、あまり文章が長くなりすぎないように配慮して(そういいながら、いつも結果として長くなりますが、、、)書いていきたいと思います。

 まずは5月1日においては、朝の9時半から新型インフルエンザの緊急対策に対して、市民の皆様方に松阪市の対応を理解いただくために緊急記者会見を開きました。連休中の緊急窓口の設置や外国人への対応、マスクの3万枚の準備、振興局での対応など、昨日の夜に各部局でどのように対応していくかを具体的に話し合った内容について話をさせていただくとともに、市民の皆さんに対しての家庭での具体的な対応などについても話をさせていただきました。市のホームページにも新型インフルエンザに対する現在の対応状況などについて掲載いたしましたので、一度ご確認くださいませ。記者会見のなかで、県、保健所の対応の遅さや認識の甘さについても話をさせていただき、発熱外来の設置などについても具体的な要望をしていることも話しました。県や国の対応に応じてではなく、松阪市は松阪市の市民のいのちをまもるという「独自の責任と使命」があるなかで、国や県に要望は強めていくとともに松阪市としての責任をしっかりはたさねばと思っています。

 その後、特別報酬審議会があり、私のほうから市議会議員の報酬に関して委員の皆さんに審議をしていただきたいとお願いをさせていただきました。各種団体の方々が集まられ審議をされる審議会ですが、従来ですとほぼ全会一致のような形になるらしいのですが、今回はなかなか激しい議論が行われたという話を聞かせていただいております。具体的には、後日審議会からの市長への答申がありますので、それを受けてまたこの日記に書かせていただければと思います。今、厳しい経済状況と市の財政の厳しさのなかで議員の報酬については市民の皆様の厳しい目線があるとは感じている部分があり、その意識が審議会の議論につながっていたのかもしれません。

 その後、松阪市老人福祉センターに向かい、てい水校区の老人クラブ連合会の総会に出席してあいさつをさせていただきました。医師という立場からも、今の時期に体調管理で気をつけたほうがいいことなどを話もさせていただきました。てい水地域は、まちづくり協議会の活動も活発であり、老人会も自治会も地域団体の皆様も非常に自分たちの街を自分たちで創っていくという思いに満ち溢れた地域であると感じています。他の来賓の方のあいさつで今後は老人会という名前ではなくて、「青葉」のような生き生きとした会であるために「グリーンクラブ」としたらどうか、などとアイディアがあり、素敵な話だと思いました。「老いる」のではなく、ますます「生い茂る」人生であっていただきたく思います。

 午後からは、さまざまな来客に包まれた一日でした。百五経済研究所の方々が、現在の三重県全体の景気状況や今後の経済の見通しなどについての話をしていただき、また松阪の現在の雇用情勢などの状況については私のほうからも様々な話をさせていただきました。    その後、日中の交流活動をされている竹本さんという方が、松阪市が友好都市提携を結んでいる濱湖区のある江蘇省の行政府からの手紙やおみやげなどを預かってきていただき、今後の日中友好、松阪と中国の友好の話なども具体的にさせていただきました。

 次に来ていただいた方が、名古屋大学の公共交通システムに関わる学部の准教授でいらっしゃる加藤先生でした。加藤先生は、私のマニフェストに公共交通システムを市民みんなで考えると書かせていただいておりましたが、夏頃に市民の意見を聞くシンポジウムを現在検討しており、ぜひこの加藤先生に基調講演とパネラーをお願いしたいと考えております。先生は、全国の路線バスなど公共交通のあり方を現場のなかに入って研究されている方です。私と年も非常に近い30代のさわやかな男前の先生で、約一時間公共交通の今後のあり方などについて熱く語りあわせていただきました。最初は、そのシンポジウムの依頼と打ち合わせのつもりでしたが、単純にお互いの思いを率直に話し合う時間になり、市民の皆さんの意見をしっかりと聞かせていただきましょう、と意見が一致して「市役所にマイナスになる答えでも、市民にとってプラスになる話をどんどんしてください」とお願いしておきました。また内容や日程が具体的に決まれば案内しますのでぜひ皆さん参加してください。

 昼からはありがたいことなのですが、トイレに行く時間がないままに来客の皆様がつづき、4時からは「ふぁみんぐ」という雑誌の取材をうけました。6月号に特集記事を載せていただくようで、「松阪市長山中光茂」ではなく、「人間 山中光茂」を取材したいということで、私自身もこれまで話さなかった裏話なども話してしまいましたが、(私はかまわないのですが)雑誌的に載せることがぎりぎりかもしれない話もたくさんさせていただきましたので過激な話は掲載されないかもしれません。

 その後、看護専門学校の先生方が来ていただき、看護教育の充実のあり方などについて様々なご意見をいただきました。看護師不足のなか看護師の多くが地域外にでていってしまう状況のもとで、今後松阪市に残っていただくための取り組みもしっかり行わねばなりません。

 もともと、6時半からは新規採用職員の皆さんとの交流会の予定だったのですが、さまざまな予算関連の打ち合わせが長引いてしまい、副市長ともども7時過ぎに交流会の会場につかせていただきました。新規採用職員の方23名と私、副市長、教育長、そして職員課の方数名と交流会を行わせていただき、夜の10時頃まで膝づめで様々な話をすることができました。中身としては、そんなに具体的に政策の話をするとかではなかったのですが、今後役職の違いや肩書の違いを超えて、「市民のため」という同じ視点のもとでどんどん「自分が松阪市役所を創るんだ!」「松阪市民のためにやりきるんや」という「みんなが市長」「みんなが市民」という気持ちでしっかり頑張ってほしいと思う気持ちは伝えさせていただきました。最後にはかなりうちとけて、いろんな話をさせていただきました。「最近の若者は。。。」といえるほど、まだ年をとっていないつもりですが、自分が同じ世代や立場であったときを考えると皆さん非常に堂々としており、自己主張もしっかりしており、ほとんど物おじしない雰囲気がなかなかのものだと感じさせられました。10時半ごろ、仲良くみんなでバスにのって市役所に戻りました。

 土曜日(2日)は、朝から市役所に行き、政策課と秘書室の方と少し打ち合わせて、五月議会に向けた政策の最終調整を役所内で行っておりました。政策課の方も朝早くからでてきて、世間ではゴールデンウィークにも関わらず、この日から6日まで毎日朝から夕方まで仕事をしていただいていたことに本当に頭が下がる思いでした。また、新型インフルエンザの対応についても松阪市独自でしっかりとした対応をするために、連休中も毎日情報収集と市民への対応のために関連部局が出勤して準備をしておりました。本当ならば、家族とゆっくりしたかった気持ちもあったでしょうが、職員の皆さんも「市民のため」という一念でなかなか皆さんに見えないところで一生懸命働いていただいてます。

 午後の1時半から約2時間ほどは農業公園ベルファームにおけるイベント「5周年祭」に参加させていただきました。最初は、「おひさま体操」というのを集まられた皆様方と一緒にさせていただきました。「おひさま体操Tシャツ」も着せていただき、本当に楽しい時間を過ごすことができました。子どもさんもたくさん参加され、一緒になって楽しいオリジナル体操をさせていただき、しっかり汗も流すことができました。松阪市役所からも私以外にも農林水産部長はじめ何人かが参加して、皆さん不器用ながらも一生懸命体操をされていたのも印象的でした。

 そのあとは、そこにいた方々みんなで「巨大人文字」を創ろうという企画が行われました。はしご車の上から撮影が行われ、私も子どもたちに囲まれて一緒に人文字の真ん中に入らせていただきました。楽しく非常に素敵な記念になりました。ベルファームの活用などについては、今後また様々な市民の皆様のアイディアとともに所長とも話し合って市としても様々な側面からの支援を行っていきたいと思っています。

 その後も、市役所にもどってせこせこと夜まで仕事をしていたゴールデンウィーク初日でした。

 次の日は、公務として(当然、楽しみでもあったのですが)、蒲生氏郷公のご縁で地域友好関係を築いている滋賀県日野町に表敬訪問させていただきました。ちょうど日野祭がおこなわれているということで、日野町長からじきじきにお誘いがあり、議長副議長、商工観光部長ともども日野町に伺いました。まずは、日野町役場で待ち合わせをさせていただき、現地で日野町役場の職員の方々や商工会長が出迎えてくれました。その皆様方から日野のことをいろいろ聞きながら、祭りの中心である綿向神社をまずおとずれました。多くの山車が並ぶ中、蒲生氏郷公の山車人形もひときわ光っておりましたが、やはり時節柄オバマ大統領の山車人形も二台出ておりました。お参りをさせていただいた後に、皆さんと本町通りという昔ながらの町並みが残っている通りを一緒に歩かせていただきました。松阪市の今後の街づくりに生かせるものがたくさんあるなと感じながらゆっくりと街を歩いて観光担当の職員の方にいろいろと聞かせていただいておりました。県指定の文化財である古民家が現在では観光協会として利用されており、そこにおいては様々な方々の憩いの場として飲食を提供するなど「活用」がしっかりと図られておりました。文化財の価値は当然、丁寧に次世代に「残す」ことも大切ですが、やはり綺麗に残すだけではなく、市民の方々に親しみを持って次の世代へ受け継がれるための「活用」をいかにするか、まだまだ松阪の町並みの活かし方はあまりにも不十分であると認識しています。文化財の保護には多額のお金と労力がかかります。いいものだから、すべて残さなくてはいけないでは、いくら市民の税金があっても足りません。だからこそ、いいものをどのように残していくか、どのようにその価値を市民に理解してもらうのか、その費用もどのようにねん出していくのかしっかりと考えながら街づくり、文化の保護と継承を行わねばと思っています。

 町並みを歩く中で、ちょっと珍しいものを発見したので。。。「白いタイ焼き!」皆さん食べたことありますでしょうか。松阪メンバーみんなでせっかくなので、ということで食べてみたのですが、個人的には普段のタイ焼きよりもずっとおいしく感じました。不思議な触感で、外はパリッとしながらも生地の中がもちもちっとしており、あんこは非常に上品なさっぱり目のあんが包まれておりました。もともとタイ焼きがそれほど好きではない私も、もっちり感のある生地とさっぱりとしたあんの愛称にちょっと惚れこんでしまい、もし、松阪でこの販売を行ったら間違いなく非常に売れるのではないかと思わされました。おみやげに持ち帰って、いろんな方に食べさせてあげたい面白く不思議な味でした。

 余談を挟みましたが、街を歩く途中で日野町長と合流させていただき、一緒に歩き案内をしていただきました。非常に元気で庶民的な町長さんで(副町長も一緒にいらっしゃったのですが、この方も地域の皆様に親しまれている素敵な方でした)、その後、一緒に日野の名産品を含んだ昼ごはんを食べさせていただいたのですが、本当に楽しく交流・懇談させていただくことができました。蒲生氏郷公は日野町で生まれ育ち、29歳の時に松ヶ島城に来て、その後「松坂城」をこの地に創った、その歴史的な流れのご縁で「今」また日野町と松阪市が交流させていただける、この素晴らしさは本当にうれしいことです。この日は、松阪市民の方々も数多く日野に来ており、多くの方に声をかけていただきました。市民レベルでの交流も進んでいることが感じられ、今後ますますこのような関係が進めていき、新しい日野と松阪の歴史的関係を構築していかねばと思っています。

 この日は、5時過ぎに松阪市に到着し、夜は地域における会合があったので出席をさせていただいておりました。なんとなく、日野に行きながらもたまっている市役所での仕事が気になっていた一日でした。

 4日は、朝から市役所で再びお仕事をさせていただいておりました。「連休」という言葉の意味をふと忘れてしまいそうな今日この頃でした。朝から打ち合わせなども行いながら、市民病院において「映画の撮影」を行っておりましたので、ちょっとその光景を見にいかせていただきました。なかなか病院をつかっての撮影というのは、難しいようでいろんな病院から断られて市民病院にお願いにこられたので、松阪市としても様々な「活用」をいただきたいという意味合いからもちょうど開いていたフロアを使っていただきました。なかなか熱気にあふれた現場であり、素敵な映画になればいいなと感じました。病院にいった機会でしたので、今ある新型インフルエンザにも対応するための感染症の閉鎖病床をみせていただきました。この病床が使われる必要がないことを祈るとともに、事前対応をしっかりしていかねばなりません。この連休中も新型インフルエンザについての情報は各部局からの様々な情報が入ってきており、国からの情報からの対応は非常にスムーズにいっておりました。

 この日は、昼間に奈良県から私の小学校の恩師が来ており、4時ごろまで松阪の案内をさせていただきました。改めて松阪の案内をさせていただくと、自分自身でも「松阪の魅力」を再確認できるところもあり、松阪市外の方々にも多くの松阪の魅力を感じていただきたいと強く思いました。

 その後、再び市役所に戻り、夜遅くまで缶詰になっておりました。明日一日だけは、どうしてもオフにしないと、という思いもあり、ちょっと頑張って書類の整理や政策作成のまとめを行っておりました。なんとかめどがついたため、思い切って次の日(5日)は就任後初めての「完全私用の日」にさせていただきました。

 5日は、午前中はちょっと疲れきってしまい、昼までごろごろ、ごろごろ、そしてごろごろとさせていただくとともに、起き上がってから約一時間お風呂に入って読み残していた小説を読みきってしまいました(ちなみに、真山仁の「ハゲタカ」です)。午後からは、もともと約束していた所用が入っており、夜までバタバタと外にでておりました。それにしても何年振りかに自分の時間をつかったなあ、と感じる一日でもありました。

 あまり休みたいと思わないほうですが、数か月に一度ぐらいはこんな日があってもいいかもしれませんね。

 6日は、再び充電が完了して仕事に復帰いたしました。朝早く8時頃からやはり政策課の職員と秘書室の職員の方が出てきており、議会における政策のつめを行っておりました。さまざまな決裁などもたまっており、それを処理した後に、政策課で整理してきた資料をもとにその日も夜の11時頃まで市長室にこもり、ときどき地下一階に行き、自動販売機のコーヒーを飲みながら「いわゆる」ゴールデンウィークの最終日を市役所でしめやかに仕事を進めさせていただきました。

 市役所の各部局の方々も連休が連休にならなかった方もいらっしゃいましたが、お疲れ様でございました。

 この日記を読まれている皆様の連休はいかがお過ごしだったでしょうか。楽しい時間が過ごせましたか?愛する方と一緒に柔らかく温かい日々が過ごせましたか。それとも、忙しく、せわしく生きていらっしゃいましたか。どのような日々もどのような時間も、一生にやはり一度で常に「今」が過ぎ去ってまいります。

 人生に「連休」はありません。常に「現実」「今」が動き続けているだけです。ゆっくり歩む人生も、せわしく走る人生も、幸せに感じる人生も、痛みのなかで生きる人生もどちらにしても「時間という事実」は感情とは別に動き続けます。だからこそ、感情なく進む時のなかで、私たち人間はその瞬間ごとに「心」を持って生きていかねば、「感情」を大切にして生きていかねば、そのように思います。

 今日も長い文章を読んでいただきありがとうございました。更新が遅くなり、ご迷惑をおかけしました。皆様には今後も「ことば」を通じて幸せを分かち合っていければ幸せです。いつもありがとうございます。明日の皆様が昨日や今よりもっと幸せでありますように。。。
≪画面TOPへ戻る≫